貨幣
―――――――――――1575年12月10日 大坂城―――――――――――
「御屋形様、茂通にございまする」
「おぉ、来たか。入れ」
「はっ」
そう言って茂通が何か箱を持って将棋の間に入ってくる。茂通がここに入るのは初めてかな。すっかり80近くの爺になってしまったが数字のことに関しては惟宗の中でも右に出る者はいない。息子は若くして病没したが孫の良通が茂通の下で頑張っているらしい。きっと貞康の助けになってくれるだろう。
「報告があると聞いたが」
「はい。新しい貨幣の事と南蛮の事でご報告が」
南蛮の事?新しい貨幣の事は前々から作るように頼んでいたものだろう。だけど南蛮の事って何だろう。何かあったかな。
「まずは新しい貨幣の事について頼む」
「かしこまりました。新しい貨幣ですがまず最も価値の低いものを一文として千文で一貫と交換できるようにします。そして百貫を一両とします。文は銭貨に刻まれた値を価値として一文・十文・百文銭貨を発行します。貫は銀貨に刻まれた値を価値として一貫・十貫銀を発行します。両は金貨に刻まれた値を価値として一両・十両金を発行します。こちらがその見本です」
そう言ってそばに置いていた箱を開けて前に出す。中には大きさの違う銭貨が3つと金銀貨が2つずつ入っていた。それらには茂通が言ったとおり値が刻まれている。裏を見ると惟宗の家紋である隅立て四つ目結が刻まれていた。
「その金銀貨だが刻まれた値を価値とするということは重さで価値を決めないのだな」
「はい。重さで価値を決めるより面倒が減ると考えました」
つまり秤量貨幣ではなく金銀貨ではあるが名目貨幣のような感じで行くのかな。
「すべて金や銀で作るわけではあるまい。混ぜ物の割合はどうするつもりだ」
「まだ決めておりませんが半分ほどでよいのではないかと皆が言っております」
半分か。少し多くないかな。名目貨幣にするなら貨幣に対して商品としての価値はそこまでなくていいんだ。もう少し少なくてもいい気がするけどな。ま、名目貨幣を世間がどれだけ受け入れるか様子を見るにはちょうどいいかもしれないな。様子を見ながら改鋳する際に減らしていけばいい。
「いまこの国で使われている貨幣はどうする」
「すべて廃止します。この国で流れる貨幣は惟宗が発行した貨幣のみとするべきです」
「しかし今使っている貨幣が使えないとなると皆が混乱しないか」
史実の江戸時代ではどうだったのかな。授業ではいつ頃にこの貨幣が発行したとかは習うけどいつ頃に使えなくなったとかは習わないよな。
「この貨幣を発行してから10年は移行期間としてこれまでの貨幣も使えるようにします。その間に旧貨幣を新貨幣に交換させます」
移行期間か。それがあるならそこまで混乱しないかもしれないな。
「そうか。よし、ではこれを採用しよう。しかしこの新しい貨幣が日ノ本の銭の代わりになるほどの量はあるか」
「この新しい貨幣の発行は日ノ本を統一してからになるでしょう。それまでに必ずや準備をして見せまする」
「そうか。では任せるぞ。貞康にもこのことを説明しておいてくれ」
あいつにもそう言った視点を持っておかないといけない。俺が死んだ後もこの制度をしっかりと形作らないといけないからな。こういったものは作るより維持していく方が大変だ。貞康もまだまだ学ぶべきことは多くあるな。
「それでもう一つは南蛮の事であったな」
「はい。これは商人から聞いた話ですがどうやら南蛮人が琉球を攻め取ろうと考えているようです」
「琉球を?」
なんでまた琉球を。
「琉球は日ノ本の商人が明に船を出す際にほぼ間違いなく寄港します。そして日ノ本との交易で銀を多く流してしまっている南蛮人、特にイスパニアの者は明との交易を独占したいと考えています。そのため琉球を制圧して明に行こうとしている日ノ本の船を追い返して明の品を独占し、日ノ本に対して高値で売りつけようと考えているとか。それには宣教師たちもかかわっているようです」
「宣教師が?そうか、琉球を攻め取ることで俺にイスパニアの武威を見せて布教に有利になるよう仕向けるつもりか」
琉球ならルソンにある少ない兵力でも問題なく制圧できるだろう。明も援軍は出さないはずだ。明にとって琉球はわざわざ海を渡ってまで助けようと思うほど価値のある国ではない。楽に制圧できて貿易も布教もうまくいく。都合よく考えればこんなにうまい話はないな。
「その商人は誰だ」
「秦盛幸の孫である盛実にございまする」
「そうか。多聞衆に命じて探らせておこう。それから明にも知らせておくか」
いや、明には知らせずに琉球を脅して日ノ本に服属させるか。それと宣教師が関わっているならさすがに処分を考えないとな。いずれにせよ、少し忙しくなりそうだ。




