佐竹
―――――――――1575年6月30日 太田城 佐竹義重―――――――――
「惟宗を討伐するのに協力するか惟宗の天下に協力するか。面倒なことになってきましたの」
二つの書状を読み終えて禅哲が溜息をつく。一つは義昭公からの書状、もう一つは謙信公からの書状だ。儂もこの書状を読んだときは溜息が出そうになった。義昭公の書状には惟宗討伐に力を貸すべし、もし力を貸してくれれば越後・越中を与えると書いてあった。越後・越中を与えるということは上杉は完全に義昭公を見捨てたのだろう。しかし越後・越中とはずいぶんと気前のいい話だな。その二つの国を合わせれば石高は100万石近くにまでなるぞ。それに船道前は莫大なものと聞いている。だが現実的とは思えんわ。それに対して謙信公からの書状には惟宗の味方になれば本領は安堵する、もし敵対すれば一石たりとも領有することが認められるとは思わない方がいいと書いてあった。こちらの方が現実的だが家臣たちはどちらを選ぶか。
「いかがしますか。天下の情勢を見れば惟宗が天下を取るのは間違いないでしょう。しかし惟宗がこちらに来るまでは時間がかかるかと。武田を放置して北条征伐に向かうとは思えませんからな」
「そうよの。惟宗は先月から駿河攻めを行っているが信濃・甲斐に攻めるつもりはないだろう。少なくとも北条攻めは再来年以降となるはずだ。その間に北条がこちらに攻めてこないとも限らない」
ついこの間も安房の里見が攻められて和睦を結んでいたがあれは実質降伏だ。次は我が身と思わねば。蘆名も義昭公に使者を出したと聞く。少しずつだが北条の勢力が大きくなっていると考えた方がよいの。
「しかし北条について惟宗が攻めてくれば御家は滅亡ですな。惟宗が全力を出せば20万は動かせましょう。たとえ北条が小田原城に籠ろうとも負けましょう。その後我らと奥羽の大名だけで勝てますか」
「無理だな。奥羽の大名が素直に惟宗の天下を認めるか分からんが戦になれば負けるのは目に見えている。武田が壊滅的な損害を出す前であればまだ考えたがの。宇都宮・那須はどうするつもりだろうか」
「那須はこの間小田原に使者を送ったと報告が上がっています。宇都宮はまだのようですな。噂では当主が病床に臥せっているようです。その隙に皆川が再び力をふるいだすものと思われます」
「それに北条が力を貸すようなことになれば面倒よな。織田も北条を頼っている。利害を考えれば北条に手を貸すのはあまりよくないの」
「では惟宗に使者を送りますか」
「いや、まだだ。ここで使者を送ればそれを口実に北条に攻められかねない」
儂の言葉を聞いて禅哲が顔をしかめる。分かっておる。それでは遅いと言いたいのだろう。
「では上杉への返事として謙信公と通じて書状を送るというのはいかがでしょうか」
「それはだめだ。上杉に使者を出したとしてもあそこには景虎を筆頭に親北条派の者が少なからずいる。あまり迂闊に書状は出せん」
「しかし様子見では惟宗の機嫌を損ねかねませんぞ」
「分かっておる。だが謙信公からの書状ということはまだ正式にこちらに付けと言ってきたわけではない。正式に書状が来てから惟宗に恭順するといえば問題ないはずだ」
それより問題はほかにある。
「問題はそれを家臣たちが認めるかどうか。条件でいえば実現できるか別にして義昭公の方が圧倒的に好条件だ。それに惟宗につけば鉱山はすべて惟宗に取られる。せっかく多くの銭をかけて発展させたのに取られるのは不満に思うだろう。それでも家臣たちが納得して惟宗につくと言うかどうか」
領内の鉱山は今までの佐竹の勢いを支えてくれたものだ。それを手放すとなれば家臣たちも抵抗が大きいだろう。
「確かにたとえ認めたとしても北条に唆されるかもしれませんな」
「そうだ。今すぐ惟宗につくと決めれば最悪の場合御家騒動に発展しかねない。慎重に動かねば」
「では惟宗につくと伝えるのは北条討伐の時でいいでしょう。その時には大軍を率いてくるでしょうから家臣たちも受け入れやすいかと。しかし惟宗と接触は持っておいた方がよろしいかと」
「しかし北条にばれずに出来るか」
「何とかします。最悪の場合は某の独断としていただければ」
「そのようなことを言うな。お前は爺様の時から仕えてくれているのだ。そう簡単に見捨てることができるわけがなかろう」
禅哲を見捨てれば家臣たちも儂の器量を疑うようになるだろう。それに禅哲は優秀な家臣だ。このようなことで見捨てていいほど軽くはない。
「有り難い御言葉にございます」
「それでどうやって接触するつもりだ」
「知り合いの僧に頼んで尾張・美濃で検地の指揮をしているという本多正信殿に接触します。本多正信殿は信心深く前の主君を裏切って一揆に参加したと聞きます。おそらく僧が会いに来ても違和感を持たれないでしょう」
「そうか。ではお前に任せる。銭が必要になれば遠慮なく申せ」
「ははっ」




