駿河攻め
―――――――――1575年4月10日 大坂城 惟宗貞康―――――――――
「父上、よろしいでしょうか」
「貞康か。入れ」
「はい」
父上に促されて部屋に入る。部屋に入ると父上が将棋盤に向かって一人で考え込まれていた。
「父上、将棋をなさるのなら将棋の間に行かれたらよろしいのに」
「あっちは目がちかちかする。一人で考え事をするには向いていない。小姓の者を誘おうかと思ったがあれではな。もし傷でもつけたらと思うと集中できんらしい。悪手ばかり指してすぐに終わってしまう。あそこでまともにさせるのは重臣たちばかりよ。そのような奴らは将棋などしている暇はない。仕方ないからここで指しているという訳よ」
たしかにあそこは小姓では緊張するだろうな。あれだけ銭をかけた場所はそうないだろう。それに父上のお気に入りなのか将棋を指す相手がいればそこによく行っている。特に頼久は良くつれていかれているな。そのような場所を傷つければ大量の銭を弁償をするだけでなく父上の機嫌を損ねることになる。緊張するなという方が無茶な話だ。
「そういえば最近京に将棋がうまいものがいると聞いたぞ。一度指してみたいものだ」
「父上、さすがにそれは難しいでしょう。いつも顔を合わせている小姓ですら緊張するのです。初対面の者はもっと緊張して悪手を指してしまいますよ」
「ふむ、それもそうか。ところで今日はどうした」
「はい。そろそろ武田攻めを行おうと思いまして。まずは駿河を攻めようかと考えています」
「駿河か。では来年は信濃・甲斐攻めか」
「はい。まずは駿河を攻め落として武田領に流れる塩などを止めようと思います。そして武田が弱ったところを調略で崩していき、来年の今頃に信濃・甲斐攻めを行うつもりです」
駿河から塩が運び込まれなくなったら海の無い武田は北条から手に入れるしかないだろう。しかし北条も今まで通りの値で売るとは思えない。武田領は今まで以上に塩不足に悩むはずだ。そこに調略の手が伸びれば寝返ろうとする者は増えるだろう。武田征伐はそう難しくないはずだ。
「兵の数と将はどうするつもりだ」
「総大将は私が務めます。副将には家康と康胤にしようと考えています。兵の数は駿河だけですので3万で十分だろうと」
武田はこの間の戦で爺様に多くの将と兵を討たれた。いまだに混乱は落ち着いていないようだ。援軍に来る余裕もないだろう。惟宗は去年まで大きな戦を続けてきた。兵の数はあまり多くしたくない。惟宗家の負担は鉱山などでそこまで問題ないが国人たちの負担にはなっているだろう。そこまで多くの兵は動かせない。
「家康か。やめておけ。あれに惟宗の中枢に近寄らせるな」
「はぁ。と言いますと」
「いちおうお前の嫁の実家だが上杉に次いで大きい。さらに三河の兵は精強だ。それで手柄をあげるようなことになれば惟宗内での影響力が大きくなる。九州の頃から従っているのであればいい。しかしそれ以降の大身の外様が影響力を持つようでは新たな幕府は長続きしないだろう。それに家康は信用できん。生き残ろうという意志が強いのは良いのだが力を持とうとするのは問題がある。家康本人にはそのようなつもりがなかったとしても家臣たちが望むだろう。家康に心服したうえに主が権力を握ればその分自分たちにも恩恵が来るからな」
「しかし駿河を攻めるのであれば位置的に家康が副将となるのは必然かと思いますが」
「では参加させるな。いいな、たとえ俺が死んでも家康だけは重用するな。いずれ獅子身中の虫となるぞ」
意外だな。父上がそこまで徳川を警戒しているとは。
「副将は康理にしておけ。あれなら家康以上の働きをしよう」
「分かりました」
「それと辰千代と虎千代と菊王丸の烏帽子親はお前がやれ。当主でもない俺がするよりお前がした方がよかろう」
「私がですか」
てっきり烏帽子親は父上がするものだと思っていたが。
「名は俺が考えている。辰千代は内基様から内をいただくことになっている。それとお前の貞を加えた内貞と名乗らせることにした。虎千代は大友家の通字である親とお前の貞を加えた貞親と名乗らせる。菊王丸はお前の貞を偏諱して貞勝と名乗らせる」
「かしこまりました」
出来るだけ私の影響力を親族衆に与えておきたいのだろう。それと当主が交代したことを出来るだけ前に出したいのか。今のままでは父上が実権を握っていると思われて私が軽んじられる可能性もある。それを避けるためにもできるだけ私が前に出た方がいいということか。
「これから俺の跡を継いで天下を治めていくにはこの三人の力が必要となるだろう。内貞は朝廷の交渉で、貞親は西国のまとめ役として、貞勝は東国の抑えとして。忙しいだろうが手紙のやり取りでもするといい。俺も康正とはよく手紙のやり取りをしていた」
「はい。そうしてみることにします」




