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疑心暗鬼

――――――――――1539年6月5日 飯盛城 松浦親――――――――――

「ええい、うるさい。これは決めたことだ」

「しかし」

「不満があるなら平戸から切り取ってまいれ」

「・・・はっ」

不満そうに尚久が下がる。これでいいのだ、これで。

「休也、これでよかったのであろうな」

「はい。宗と戦う中であのような奸臣が殿の近くにいるとこちらが不利になるだけですので」

「そうよの」

そうじゃ、儂は正しいことをしただけじゃ。これから平戸と宗を同時に相手するうえで敵に通じるようなものは近くにいない方がよいに決まっている。たとえそれがわしをここまでしてくれた尚久であろうとも。むしろ殺さなかっただけありがたいと思ってほしいわ。

「ところで殿はどのようにして戦われるおつもりですか」

「やられる前にこちらから仕掛けるつもりじゃ」

「なんと!それはなりませぬ。そのようなことをしては留守を平戸か宗に襲われて我らは負けてしまいますぞ」

それはそうだが・・・。

「我らがなすべきことは守りを固め耐えることです。攻めるのは有馬様からの援軍を待ってからでも遅くはありません」

「しかし援軍は来るのであろうか」

「某が有馬様に直接会って話して参ります」

「そうか、では頼むぞ」

「はっ、命に替えましても必ずや有馬様を説き伏せてまいります」

頼もしいことよ。以前までは尚久の陰に隠れてあまり目立っていなかったが意外と使えるかもしれんな。


それにしてもまさか尚久が儂を裏切ろうとするとはの。千葉に追い出されて路頭に迷っているところを儂が拾ってやったというのに恩知らずめ。

しかしここまで来ることができたのも尚久の力が大きいことは確かじゃ。だから殺さずに領地を没収するだけにした。今考えると少し甘かったかも知らん。奴の処分を伝えた後重臣たちのほとんどが尚久を庇った。直勝・丸田源蔵まるたげんぞう・赤崎伊予守、これらが反対したからこれ以上厳罰にはできん。しかしこの者たちの中には宗に通じているものがいるかもしれん。そう考えると唯一儂の考えに賛成した休也ぐらいしか信用できん。尚久の裏切りを教えて来たのも休也であったし儂が援軍を送らないと決めた時に兵を集めなかったのも休也だけだったしの。


―――――――――1539年7月1日 岸岳城 明石―――――――――

「父上、母上お久しぶりです。その子が弟の熊次郎ですね」

ニコニコしながら熊太郎が迎えに来てくれました。しかしこの子が熊次郎を和睦の条件に使うとは。

「熊太郎、なかなか頑張っているようじゃないか」

「当主として当然ですよ」

「はははっ。当然か」

大殿は笑っていますが少し寂しそうです。手がかからない子というものはうれしい反面頼られないので寂しいのでしょう。それとも自分が権力を握れないことが悔しいのでしょうか。

「ここは朝鮮からの距離もある。儂が政治にかかわったとしても問題ないの」

「はぁ?」

大殿の言葉に熊太郎があきれたような声をあげました。

「何を言っているのですか。宗の財源のうち半分近くは朝鮮からの交易なのですよ。その朝鮮を敵に回すようなことはすなわち前の状態に逆戻り、いやそれ以上にひどいことになるかもしれないのですよ」

「ばれなければよかろう。今までそうしてきたではないか」

「今までそうだったから父上が当主ではなくなったのでしょう。少しは過去の事から学んでください」

「学んだ、学んだ。これからはよりばれないようにする。心配するな、あと十年もすればお前の好きにすればよい」

「ふざけないでください。これまで私が仕切ってきたのです。そしてこれからも私が仕切ります」

だんだん口論が過熱してきました。いけません、ここで醜い争いをすると熊次郎がおびえてしまいます。ここで止めないと。

「大殿、熊太郎。そのあたりでやめにしませんか」

「母上は黙っていてください。今この馬鹿と話をしているのです」

「なんだと、実の父親に向かって何を言うか」

「実の父親ならば家督を継いだ息子のすることに口を挟まないでください」

「息子ならば父親の言うことを聞け。誰のおかげで今ここまでやれていると思っているのだ」

「少なくともあなたのおかげではないと思っていますよ」

「では将盛の反乱は儂が知らせずともわかっていたというのか」

「ええ、分かりましたとも。何のために多聞衆を雇ったと思っているんですか」

「ええい、もういい。これからは儂が当主だ」

大殿が叫んで部屋を出ていかれた。せっかく久しぶりに会えたというのに親子でけんかになるなんて。


「母上」

大殿の行かれた方を見ていた熊太郎がふいにこちらを振り向きました。

「熊次郎の養子入りを和睦の条件に入れたことを怒ったと聞いています」

「ええ、そうですよ。唯一の弟なのになぜそのようなことをしたのですか」

そうでした。そのことを叱りに来たのでした。しかし先程の口論を見て少し怖気づいてしまいそうです。でもこの子を守れるのは私だけです。私がしっかりしなければ。

「仕方ないのです。そうでもしなければ宗はここまで来れていないでしょう」

「それはどういうことですか」

「本当は表の事なので言いたくはないのですが・・・」

熊太郎はそう前置きしてぽつぽつと話し始めてくれました。熊太郎によれば和睦を申し入れれば敵は油断する。しかし熊太郎はそれらの敵をすべて討ち滅ぼすつもりだったので油断はしてほしかったがすぐに和睦を結びたくはなかったそうです。そのためすぐには決めることができないように熊次郎の養子入りを条件に入れたとのことでした。

「それでは本当は養子に出すつもりはなかったのですね」

「もちろんです。だいたいまわりに養子入りをして失敗しているところが多いのにそんなことをするわけないでしょう」

「そういうものですか」

「はい。もちろん養子入りで家が大きくなったところもありますがするにしてもまだまだ熊次郎が大きくなってからです」

「ではいずれは養子入りをするということですか」

「そういう可能性もあります。このまま宗にいても当主に万が一があった時の予備ぐらいでしかないのです。それならばよその家を継いだ方が自由にできるでしょう」

なるほど、熊太郎は熊太郎なりにいろいろ考えているのですね。とても元服前の子供とは思えません。

「ははうえ」

熊次郎が不安そうにこちらを見てきました。

「熊次郎、あなたの兄上の熊太郎ですよ」

「あにうえ?」

「そうだぞ、お前の兄だ。早く大きくなって俺を助けてくれよ」

熊太郎が近づこうとしますが熊次郎は私の後ろに隠れてしまいました。

「はははっ、嫌われてしまったか」

そう言う割にはそこまでがっかりした様子はありません。これからと思っているのでしょう。

「ところで大殿のことはいかがなされたのですか」

「本人が当主だと言い張っても家臣がついて来なければ意味がありません。すぐに諦めるでしょう。母上が心配するようなことではありません」

「しかし最近お酒をよく飲むようになりまして。うまくいかずにやけになってお酒を飲みすぎて体を壊さなければ良いのですが」

「それはいけませんね。折を見て母上から注意していただけないでしょうか」

「分かりました」

本当に大丈夫でしょうか?少し不安が残りましたが熊次郎を守れるのは私だけです。これからも私がしっかりしなければ。まずは父上に頼んで家臣の方と取り次いでもらい、熊次郎のことを頼んでみましょう。

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