奥羽
―――――――1574年12月10日 天徳寺 ロレンソ了斎――――――――
「了斎様。大坂の喜斎様がお見えになられています。お連れしますか」
「そうですか。すぐに呼んでください」
「かしこまりました」
そう言って付き添いの者が下がる。しかしわざわざこちらに来られるとは思いませんでした。私の目の事を考えられてこちらに来られるのでしょうか。確かに手紙であれば読むことはできませんがほかの方に読んでいただけば問題ないのですが。それとも直接会って話さないといけないほど事態は急を要するということでしょうか。だとしたら困りましたね。オルガンティノ様は博多の方へ行かれているのでここにはいません。キリスト教の一大事であればオルガンティノ様とともに話を聞きたかったのですが。
「失礼しますぞ」
「喜斎殿、よく来られましたな」
「いえ、こちらには商いの用がありましたからな。それほど手間ではござらんよ。それに了斎殿に頼まれていた件ですがすこし厄介なことになっているようでしたな。直接会って話をしたいと思っていたのです」
「そうでしたか。それで畿内の様子はいかがですか」
「例の話ですが庶民はともかくそれなりに裕福な商人や武士には広まっているようです。おそらく惟宗様の耳にも入っていましょう。そのせいかここ最近は武家の方で新たに洗礼をという方が減ってきました。南蛮との交易のために入信したという商人の中には惟宗様の機嫌を損ねたくないと棄教するものまで出てきました。庶民にも惟宗様に近づこうと贈り物をしている宣教師の方々の様子を見てこれなら僧侶と変わらないでないかとすこしずつですが心が離れているように感じます。さらに宣教師の方々やキリスト教について悪評が出回っています。このままでは畿内での布教は失敗に終わるでしょう」
布教の失敗。オルガンティノ様をはじめとした宣教師の方々が最も恐れていることですね。しかしこの国には多くの神が信じられ仏の教えも広まっています。神の教えを広げるのに時間がかかるのは宣教師の方々であれば分かっておられるはずです。九州を中心にゆっくりと神の教えを広げていけばよいと思うのですが。まさか畿内におられる方々は焦っておられるのでしょうか。しかし焦るような理由などないと思うのですが。
「それより了斎殿も言動には気を付けられた方がよろしいかもしれませんぞ」
私の言動?宣教師の方々ではなくでしょうか。
「と言いますと」
「最近、寺社奉行の配下の者が見知らぬものと良く動くようになったと聞きました。それも日ノ本の民で布教に関わっている者を調べているとか。畿内の信者たちも声をかけられたようです。もしかすると我らを殺すつもりなのかもしれませんぞ」
「まさか。惟宗様は確かに必要であれば根切りなど残忍なことをするお方ですが暗殺など。第一理由がありますまい」
「いや、宣教師の方々と信者との距離がすこしずつ離れてきている今、我らが死ねばより宣教師の方々と信者の距離は離れることになりましょう。それが狙いなのかもしれません」
「そうですか。分かりました。念のため用心しておきましょう」
オルガンティノ様にもお伝えしなければなりませんね。オルガンティノ様は信者たちに信頼されています。あの方が亡くなられては皆が悲しみましょう。
――――――――1575年2月10日 小田原城 大舘晴光―――――――――
「ええい、南蛮のものですら余を無視するかっ。京に戻ったら一人残らず斬首してくれるわっ」
和田殿からの書状を読んで大樹が怒りをあらわにされる。すっかり落ちぶれてしまった本願寺に変わる勢力として期待したのは間違いだったか。そもそも宣教師たちはこの国のものではない。それ故に大樹からの書状の意味をよく理解できていないのだろう。しかしキリシタンの力を使うことができないとなると困ったな。本願寺は顕如殿が討死にされたことで完全に勢いがなくなってしまった。教如殿がなんとか立て直そうとしてはいるが若いこともあってかなかなかうまくいかない。特に北条領では一向宗は禁教だ。一揆を起こせるほどの門徒が集まらん。
「北条もなかなか動かん。これではいつになったら京に戻れることか」
「大樹、そう嘆かれますな。ついこの間蘆名や伊達・大崎・二階堂から使者が参りました。奥羽での大樹の影響力は惟宗を上回っている証拠です。奥羽の大名と北条の兵があれば十分勝機のある戦です。奥羽の大名が一つとなり大樹の元へ駆けつけるまでの辛抱ですぞ」
まるで義輝様が朽木谷にいた時のようであった。あの頃はよく使者や大名が訪れてきた。大樹が京を追い出されてからはすっかり使者も絶えていたが小田原城に来てから奥羽の大名たちからよく使者がくる。ここは幕府の威光が通じるまともな場所だ。ここでならば上洛も夢ではない。
「そうよの。しかしその前にここに攻めてはくるまいな」
「ご安心くだされ。惟宗はまず武田を片付けようとするはずです。先の戦で多くの重臣を失ったとはいえ、まだ武田は甲斐・信濃・駿河を支配する大大名。そう簡単に滅ぶようなことはございますまい。ご心配でしたら北条に命じて兵糧を運ばせますか」
「うむ、そうせよ」
「かしこまりました」




