将棋
―――――――――――1574年6月10日 大坂城――――――――――――
うーん、そこに打ってくるか。だったここに打ったら・・・あぁだめだ。それだと銀をタダで取られてしまう。こっちだと・・・あまり意味はないな。他の手だったら守りが薄くなってしまうし・・・。守りを捨てて攻めに出るべきだろうか。ええい、ままよ。
「よろしかったのですか」
攻めに出ようとしたところで謙信が声をかけてきた。何だよ、せっかく次の手を考えたところだったというのに。
「いかがした」
「織田攻めの事です。信長は死んだとはいえまだ美濃の半分と尾張の7割ほどしか制圧していなかったと記憶していますが」
「なに、信長のいない織田はそこまで脅威ではない。貞康に任せても問題なかろう。それに家督ぐらい自分の力で取ってほしいからな」
「左様ですか」
岐阜城が落城して信長が自害したのを確認すると俺は貞康と交代することにした。理由は織田征伐が終わった後に家督を譲る貞康に手柄を持たせるためだ。手柄なしで家督を譲れば侮られることになるかもしれない。京では関白様などにこれからのことを相談したり、内基様と辰千代の元服の日程を決めたりして昨日大坂城に戻ってきた。大坂城には雪のせいで俺が出陣する前に大坂城にこれていなかった謙信が来ていたので挨拶を受けた。そして大坂城を案内している途中で俺が将棋好きなのを知っていたのか将棋をしようと言ってきた。俺もあの軍神と将棋ができるなんて思ってもいなかったから了承した。そして次の日の今日、大坂城にある将棋の間にて将棋を行っているところだ。しかしこの将棋の間を作ろうなんて誰が考えたのかな。この歴史の大坂城は史実の秀吉が建てた方の大坂城に酷似している。しかしもちろん違うところはある。その中でも一番大きな違いはこの将棋の間だろう。黄金の茶室のごとく部屋は金箔で彩られ将棋盤や駒、駒台も金色と無駄に豪華な小屋となっている。将棋の間があるのは分かる。俺が将棋好きなのは有名らしいからな。だけど誰がこんな金ぴかな部屋を設計したんだ。黄金の茶室を作らせた秀吉はこの城が作られたときはおろか結局こちらに寝返らなかったのに趣味だけは受け継がれているんだよ。
「御屋形様、失礼いたします」
そう言って氏郷が入ってきた。氏郷は俺の近習としていろいろ働いてくれている。だけどこれからの戦の指揮を執る貞康の近習に変えようかな。
「いかがした」
「カブラル殿が面会を求めています」
「忙しいから無理だと言っておけ」
「かしこまりました」
氏郷は一礼するとすぐに出ていった。さて、将棋の続きだ。やっぱりこっちの方がいいな。うん、これが最善手だと思う。でも今は最善手だと思っていても指してすぐに悪手だったと気づくことがあるんだよな。相手が貞康とか虎千代、辰千代なら一回ぐらい問題ないんだけど軍神上杉謙信だからな。よし、やっぱり最初に考えていた手にしよう。
「よろしいので」
またかよ。今度は何だ。
「何がだ」
「先程の事です。カブラルといえば南蛮の坊主の指導者だったと記憶していますが」
「どうやら布教がうまくいっておらんようでな。ここ最近、よく来るようになったのだ。おおかた俺や重臣たちを切支丹にして布教の助けにしようとでもしているのだろう。気にするようなことではない」
この歴史では布教は順調とは言い難い。史実では関ヶ原の戦いの頃には30万人ほどまで増えていたらしいがこの歴史ではどんなに多く見積もっても5万もいないだろう。たぶん2・3万ぐらいだな。高山右近も小西行長も死んだり史実ほどの影響力を持っていなかったりするし、このままでは布教は失敗だな。
「それにあいつは嫌いだ。フロイスやオルガンティノであれば会ってやっても良かったが」
「意外ですな。御屋形様がそれほど人を嫌うのは義昭ぐらいかと思っていましたが」
そんなに俺は義昭嫌いだと思われているのか。あれは嫌いというよりは邪魔の方が正しい気がするな。
「カブラルは宣教師の中では偏った考え方をしている奴だ。日ノ本の民を自分たち南蛮人に劣る人種であると見下し、よくとどのつまりお前たちはジャポンイスだと言っているらしい。ジャポンイスとは日ノ本の民という意味だそうだ。そんな奴とわざわざ会おうとは思わんよ」
「左様でしたか」
確か史実でもカブラルが布教の責任者になって前任者トーレスら巡察使のバリニャーノが来るまで宣教師たちと信徒の間に溝ができ、布教は停滞期に入る。これから宣教師たちにとっては厳しい時期に入ることだろう。俺にはあまり関係ないけど。俺としてはあいつが来て利益があったのは眼鏡ぐらいだ。
「む、御屋形様。詰みのようですな」
「えっ。あ、本当だ」




