第二次織田征伐6
―――――――――1574年4月20日 岐阜城 村井貞勝―――――――――
少し遅れて評定の間に入るとまだ御屋形様は来ていなかったが既にほかの家臣たちは揃っていた。しかしその雰囲気はまるで通夜の時のようだ。しかしそれも仕方ない。惟宗には2万の援軍がすでに近江に入ったと知らせが来ている。それに対して我らが武田・北条は兵を退き、本願寺もとても動ける状況ではない。津島などの湊は惟宗の水軍によって壊滅的な打撃を受けてしまった。さらに尾張は西半分を奪われ、美濃も少なくない領地を攻め取られてしまった。御屋形様はこれからどうなさるつもりなのだろうか。
「やはり今回ばかりは無理なのではないか」
誰かがボソッと呟いた。誰が言ったか知らないが皆が思っていることだろう。その証拠に誰もそれを咎めようとしない。もしかしたらこの中にすでに内通している者がいるかもしれない。しかし御屋形様はまだなのだろうか。御屋形様が来られたらまだこの雰囲気もましになるだろうに。しかし御屋形様が来る気配はないな。仕方ない。ここは先に軍議を始めておくか。
「御屋形様はまだいらしていないがそろそろ軍議を始めませぬか」
そう言って周りを見渡すが誰も反対する様子はない。
「皆さま反対ではないようですので始めましょうか。まず惟宗ですが昨日援軍が到着したことにより数は約6万になりました。対して我らは各城の守りに兵を割いているため1万といったところですな。時間をかけては我らが不利になるでしょう。桶狭間以上の危機と言えます。この危機を乗り越えるため皆の知恵を貸していただきたい。誰か意見のある者はいますかな」
「では某からよろしいですかな」
最初に意見を述べられたのは信広殿だった。
「惟宗は確かに大軍です。しかし大軍ゆえに兵糧も大量に使うことになりましょう。去年から戦続きで兵糧の備蓄も元から少ないはず。そしてこの城は難攻不落の名城。籠城していれば勝てましょう」
籠城か。妥当といえば妥当だな。この城に籠れば兵の差が5倍以上であったとしても長期間耐えることができるはずだ。
「しかし信広殿。あの惟宗が兵糧の不安を抱えたまま戦を仕掛けてくるでしょうか」
次に意見を述べたのは秀貞殿だった。
「ここは一度使者を送ってはいかがですかな。間違いなく受け入れられないでしょうが時間稼ぎにはなるでしょう。それに交渉中は惟宗であっても油断するはずです。そこで奇襲を仕掛ければ国康めの頸を取ることができるかと」
交渉による時間稼ぎと奇襲か。やはり奇襲が最も勝つ可能性が高いだろうが成功しなければ今以上に厳しい状況になるだろう。交渉中に惟宗が油断するとも限らない。
「惟宗の兵が6万とはいえほかの城を攻めるためにいくつかの隊に分けています。国康の周りにいるのは全軍ではない以上成功する可能性は低くないと思いますぞ」
「しかし国康の周りに全軍がいないとはいえ3万はいますぞ」
秀貞殿の意見に反論したのは信盛殿だった。
「それに1万の兵を動かせますがそれだけの兵を動かせば惟宗に気付かれるでしょう。そうなれば逆に利用されて壊滅的な打撃を受けることになりかねません。かと言って惟宗に気付かれないだけの兵では国康の頸を取ることはほぼ不可能でしょう。いたずらに兵を減らすぐらいならば籠城してできるだけ時間を稼いで武田・北条の援軍を期待するべきではないでしょうか」
「何を言われるかっ。武田は先の戦で多くの重臣を失ったのですぞ。そう簡単には動けないはず。それに上杉が信濃に攻め入ったとか。北条も先の援軍を出すまでかなりの時間がかかったのですぞ。また援軍が来るには時間がかかるはず。それをあてにするなど正気の沙汰ではない」
「正気の沙汰ではないとは何だ。それを言うなら我らより兵が多い惟宗に奇襲を仕掛けようなどという方が正気ではないわ」
「何をっ。籠城をして勝ったなど古今東西聞いたことがないわ。それを行えというのか」
「ではほかに策があるというのか。奇襲では惟宗にばれる。正面から戦えば数の差で負けるのは目に見えているぞ」
いかんな。皆が口々に意見を述べているせいで碌に纏まらん。む、この足音は。
「もう始めていたか。御苦労」
皆が声のした方を見て慌てて頭を下げる。その様子を見ながら御屋形様がさっさと上座に座られる。
「貞勝、どのような意見が出た」
「はっ。意見としては大きく二つほど出ました。一つ目は籠城して惟宗の兵糧切れを待つか武田・北条の援軍を待つというものです。二つ目は奇襲を仕掛けて国康の頸を取るというものです。しかし双方反対する声が大きくどちらにするかは決まっていませぬ」
「そうか。だがどちらの意見も取らん。各城の兵をこの城に集めよ。それが揃い次第すぐに出陣する」
「は?」
「長良川にて惟宗を待ち受けるぞ」




