第二次織田征伐4
――――――――1574年4月10日 船着山 大久保忠隣―――――――――
「明日武田が総攻撃に出ると報告がありました」
軍議の場で鑑連殿が最初にそう言われて皆がざわめいた。ついに武田の総攻撃か。10日ほど前から後方に長い柵をたてていたな。それは武田の総攻撃に対する備えだったのだろうか。
援軍も到着したことでこちらの兵の数は3万になった。それに対して武田の兵の数は2万。また援軍が大量の火薬や鉄砲を持ち込んだことで武器の面でも優位に立てた。それでも相手はあの武田だ。やはりここはどこかの城に籠って武田を引き付け、惟宗本隊が合流するのを待つのだろうか。
「武田は長篠城にいますがこの間から糧道をふさいでおいたためそろそろ兵糧が尽きようとしているでしょう。おそらく勝頼は焦っているはずです。家督を継いで初めての戦でまともに戦をせずに兵糧が無くなったから撤退など父親に劣る愚か者と言われるかもしれませんからな。我らはそれを利用します」
利用?
「利用と申しますと」
皆が疑問に思っているであろうことを殿が代表して尋ねる。
「皆に伝えていなかったことですが長篠城につながる穴を掘らせました。武田が城から出たのと同時に別働隊がこの穴を使って城を攻め落とします。本隊は今夜のうちに柵まで後退して武田本隊を待ち受けます。もし武田本隊がそのままこちらに攻めてくるようでしたら柵の内側から弓矢・鉄砲・大筒・棒火矢を使って武田を叩きます。もし長篠城に戻るようでしたら後ろを向いたところで柵から出て別動隊とともに武田本隊を挟撃します」
柵の内側から武田の手の届かぬ位置でたたくのか。常勝軍団である武田とて手の届かぬところから攻められてはどうしようもないということか。
「弓矢などでたたくと言われたがほかの者たちはどうする」
「長槍隊は柵のすぐそばまで来たものを柵の内側から叩いていただければ。武田が撤退を始めたら全軍で追撃を行います。ただし勝頼の頸は刎ねないでいただきたい」
鑑連殿の言葉に皆がざわめく。大将首を刎ねるのは戦で最も高い武功。それを見逃せというのか。
「皆の気持ちはよく分かります。しかしこの戦で武田は壊滅的な損害を出しましょう。そのことで勝頼の求心力は地に落ちるはずです。武田を見限り惟宗につこうという国人が増えましょう。しかし勝頼が死んで新たな当主が生まれればそのものを中心に武田は力を取り戻すやもしれません。武田を滅ぼすには勝頼を逃がすのが上策。もし勝頼の頸を取るような愚を犯したものにはこの戦場での功の一切を認めるつもりはございませんのでそのつもりで」
功の一切を認めないか。惟宗はたとえ手柄をあげてもそれが命令違反であったり抜け駆けであったら手柄を認めることはない。今回はそれが少し厳しいだけと考えれば問題ないな。ただ忠勝などがそれに従うとよいのだが。
「長篠城攻めは徳川殿にお任せしたい」
「かしこまりました。必ずやすぐに攻め落としてごらんに入れましょう」
「期待していますぞ。徳川殿はこの戦が終われば惟宗とは親族になるのです。御屋形様や若様も気にかけられていることでしょう」
「失望されることが無いよう励みまする」
良かった。長篠城攻めであれば勝頼を目の前にすることはなかろう。忠勝たちを抑えるのは何とかなりそうだ。
「ところで惟宗本隊はいかがしていますかな」
「数が多いことを利用して少しずつ面で押しているようです。順調に進めば来月にも岐阜城を囲むことができるでしょう。さらに2万の兵を新たに美濃の本隊と尾張の別働隊に送ることを決められました」
本隊は6万、別動隊は4万、この隊は我ら徳川を含めて3万、北条の備えに2万。合計15万の大軍勢だな。普通ならばこれほどの兵を動かせば兵糧などの準備はかなり大変だろう。それを支えるのが兵站衆とかいう独自の役か。それにしても織田に対してこれだけの兵を準備するとはよほど警戒されているのだろうな。しかし大丈夫だろうか。これではまるで義元が討ち取られた桶狭間の時の今川のような動きではないか。あの時の今川は大軍であることを利用して各地にある織田の砦を落としていった。そのせいで本隊とほかの隊が離されてしまい、地形を利用して奇襲を仕掛けられて負けた。面で押しているということはいくつかに隊を分けているのだろう。本隊の守りは大丈夫なのだろうか。・・・いや、そういえば毛利が負けた時も以前毛利が勝った時と似た状況を作り出して勝ったと聞いている。もしかしてそれを狙っているのか。そう考えると援軍の話も怪しい。援軍の話を織田に流せば焦って奇襲をと考える可能性が高まる。敵の奇襲を利用して逆に奇襲をしようと考えているのだろうか。いずれにせよこの戦はやはり惟宗の勝ちだな。これからは惟宗の中で勢力を大きくすることを考えねばならなくなるだろうな。そうなると貞康様と亀姫様の縁談は徳川にとってかなりの僥倖であっただろう。亀姫様が男の子を産めば殿は将来の鎮西大将軍の外祖父として権力を握れるやもしれん。去年か一昨年に生まれた男の子、確か鶴千代様だったか。そちらには殿の御子を近習として出仕していただけばより盤石になろう。これは楽しみよ。まずはこの戦を上首尾に終わらせねばな。それからのことは殿とよく相談してから考えよう。




