平戸松浦氏
―――――1539年5月10日戌の刻(午後8時頃) 伊万里城周辺―――――
「熊太郎様、東尚久・時忠親子の調略ですが時忠の方はこちらにつきそうです」
「そうか、そのまま続けてくれ。それと北野直勝にも調略を」
「かしこまりました。それとそろそろ敵が夜襲を仕掛けてくるころです」
「もうそんな時間か。皆に備えよと伝えてくれ」
一礼して頼氏が下がる。これで直勝もこちらに寝返れば相神松浦も屋台骨がぐらつくな。まぁ理想としては援軍に来た相神松浦を出来るだけたたいて降伏させたかったが仕方ないか。家臣と主人との間で齟齬ができればいいなぐらいにしておこう。
今回の戦の作戦は戦が始まる前に商人たちに米を買い占めさせて田植えの時期に包囲。兵もろくに集まらず米もない状況で逸って敵が出てきたところを包囲・殲滅する。出てこなくてもそのまま兵糧攻めのつもりだったけどほとんど秀吉の真似だよな。違うのは籠城側に内通者を用意して奇襲をするよう誘導したこと。兵糧もなく兵の差も大きい、援軍も来ないのであればあとは奇襲でしか勝ち目はないと吹き込み城から敵を引きずり出す。これで早くけりをつけることができるはずだ。あとは唐船城に向かった別動隊と合流して唐船城を落とす。出来れば今月中、少なくとも後藤氏が動く前に終わらせたい。相神松浦が動かないと知ると後藤に援軍を頼みかねない。そんなことをされたら退路を断たれる可能性がある。
「熊太郎様」
「爺か、いかがした」
「敵が出てまいりました」
「分かった、調親に手筈どうりに鉄砲で迎え撃てと伝えてくれ。それと爺は城に攻撃を仕掛けてくれ」
「はっ」
これで伊万里城は落ちたも同然だな。あとは唐船城を落としてひとまずは終了だな。相神松浦の出方次第といったところか。東尚久と北野直勝がこちらにつけばすぐに行動できる用意だけでもしておくか。しかし何で相神松浦と平戸松浦は争えるんだろうか。
たしか相神松浦は一度平戸松浦に滅ぼされた。その時の当主は自害してその妻と子は平戸に連れて行かれたんだったよな。何でそこで殺さなかったかはわからないがその後平戸を脱出して相神松浦を再興。一度は和睦したがまた争い始めた。相神松浦の当主は松浦親だがそれなりのカリスマ性を持っているらしく力は平戸の方が大きいが少しづつ相神松浦を大きくしていた。平戸松浦の当主は松浦興信だが父親の代で家督争いがあったからか基盤が安定しているわけではない。親族の発言力が強いらしくまだ嫡男を決めれていないようだ。いま興信が死ぬようなことがあればかなり混乱するだろう。
―――――――1539年5月30日 勝尾嶽城 松浦興信―――――――
「伊万里城と唐船城は落ちたか」
「そのようです。そろそろ田植えも終わりますが攻めますか」
籠手田安昌が今にもこちらに飛び出してきそうな姿勢でこちらを見ている。
「いや、攻めない」
「なぜですかっ。今なら相神も揺れているはずです。今攻めずにいつ攻めるのですか」
「しかし我らより何倍も力を持つ宗と戦うことになる」
「それは大内様と手を組んで攻めれば・・・」
「それができると思っているのか。出来るならばそもそも波多はあそこまであっさりやられなかったと思うが」
「では後藤や有馬と・・・」
「有馬は相神寄りであろう。後藤は可能性はあるが有馬と敵対していて余裕があるとは思えん」
「では龍造寺はどうでしょう。あるいは千葉とか」
「千葉は内乱、龍造寺は主家の再興で忙しい。言っておくが大村も今は有馬に従っているから無理だぞ」
こうして考えると宗に有利な状況ばかりよの。まさかこうなる時期を見計らって行動したのだろうか?
「有馬が宗と相神との戦に介入してくるでしょうか」
「分からんの。大村への養子入りでぎくしゃくしているところがあるからしばらくは様子見ではないか。まぁ、相神はすぐに滅ぼされると思うが」
「はぁ」
む、信じておらんな。まぁよい、持って2年といったところだろうからすぐに分かる。
「問題は相神が滅んだ後のことですな。我らはどうするか」
「家を保つためには宗に従った方が良いの」
「殿っ!?」
「もちろん誰も従わないであろうの。一度は戦を仕掛けてその上で降伏する。取り潰されるかもしらんがおそらく大丈夫であろう。垣添城の名護屋氏も降伏した後はひどい扱いを受けたという話は聞いたことはない」
「しかし・・・」
「まぁ、向こうの出方次第だ。もう少し様子見と行こう」
「左様ですな」
――――――――――1539年5月30日 厳原城 明石――――――――――
「明石、明石はおるか」
「はいはい、ここに居ますよ」
「おぉ、熊次郎も一緒か」
大殿が嬉しそうに熊次郎を膝の上に乗せ頭を撫でている。今日はお酒を飲んでいないようですね。しかし熊太郎はあまり頭を撫でられるのが好きではなかったためこのような光景はなんだか不思議な感じがします。
「ところで大殿、いかがなされたのですか」
「おぉ、そうであった。向こうにおる熊太郎から手紙が来ての。やっと松浦郡の半分ほどを制圧したそうじゃ」
「まことですか。おめでとうございます」
「はははっ、儂より熊太郎に言ってやれ。手紙には落ち着いてきたからそろそろこちらにきてはどうかといってきた」
「まぁ、そうですか」
久しぶりに熊太郎と会えるのですね。
「今までのことを詳細に書いてよこして来た。読んでみるか?」
「はい」
あまり子どもらしいところはありませんでしたがやはり親に認めてもらいたいと思うものなのですね。
・・・まぁ、なんですかこれは。
「大殿、ここをご覧くだされ」
「ん、あぁ。和睦の条件に熊次郎の養子入りを入れたことか。それがどうかしたか?」
「どうもこうもございません。まだ2歳の子供に養子入りなんて、ありえませんわ。しかもこのときは勝っていたのでしょう」
「ま、まぁそうだな」
「今度会った時に大殿から熊太郎を叱ってくださいな」
「しかし儂は朝鮮の方から政治に関わるなと言われておるからな」
「何を仰いますの。どうせバレないから今後も儂が実権を握ると言われたのは大殿でしょう」
「それはそうなのだが・・・」
なんと頼りないのでしょう。昔はもう少しどっしりとしていて頼り甲斐のあるお方でしたのに。
熊次郎の目線が不安そうに私と大殿の顔を行き来しています。この子を守るためにも私がしっかりしていないといけませんね・・・。




