小田原へ
――――――――1573年11月20日 立政寺 大舘晴光―――――――――
「こ、惟宗が戦の準備をしているだと」
馬鹿なっ。惟宗は上杉と戦をした。長島も根切りにするために少なくない犠牲を出したはずだ。そのせいで顕如殿は討死されてしまった。嫡男の教如殿が生き残ったため本願寺派が惟宗につくことはないだろうが立て直しにはかなりの時間を有するはず。だがその犠牲のお陰で次の戦では惟宗本隊の援軍を心配することなく三河・遠江の惟宗勢力を潰すことができるはずだったのに。
「和田殿、何かの間違いではござらんのか」
「織田攻め・上杉攻め・長島攻めの時ほどではございませんが多くの兵糧が近江に集められつつあります。また不破関以外にも長島付近に兵が集められています。ほぼ間違いないかと」
「晴光、本当に攻めてくるか否かは問題ではない。惟宗が攻めてくる可能性があることが問題なのだ。して兵の数は」
「不破関の兵はこれまでと変わらず2万、伊勢北部に集められている兵は約2万です。また遠江平定に動いていた別働隊が遠江に8000の兵を置いて残りの15000は三河に向かっています」
織田と武田は約4万。三河に向かっている惟宗だけであったらなんとでもなるが伊勢と不破関の兵を含めれば面倒なことになるだろう。それに今の兵だけだとは思えない。いずれは5万以上に膨れ上がるだろう。そうなれば織田は滅びかねないぞ。
「将は」
「不破関はこれまで通り千葉康胤が、長島の方は小早川隆景が務めるようです。国康は大坂城にいるようです」
国康めは大坂か。やはり今以上に兵は増えるだろうな。
「織田はどうするつもりだ。そろそろ三河に入るころだろう」
「残念ながら引き返すことになるかと。三河の惟宗は武田に任せるつもりのようです」
「そうか。いかに惟宗の兵が精強だったとしても武田には勝てまい。三河・遠江から惟宗を排除したうえで織田とともに惟宗を潰してくれよう。北条は動かんのか」
「先月から評定を行っているようですが未だ結論が出ていないとか。おそらく参戦することになってもかなり遅くなるでしょう。期待されない方がよろしいかと」
「そうか」
大樹がそうおっしゃると少し考え込まれる。何か気になるようなことでもあったのだろうか。
「よし、小田原城に向かうぞ」
「は?」
「惟宗との戦は北条の手助けなしでは勝てん。余が自ら出向いて説得して見せようぞ」
「しかしわざわざ大樹が出向くほどの事でしょうか。某なり明智殿なりに使者を命じていただければ必ずや説得して見せますが」
「いや、余自ら説得に向かわねば意味がなかろう。余は小田原城に行くぞ」
――――――――1573年12月5日 春日山城 上杉景虎―――――――――
「大樹が北条を頼ったのか。これは織田もそろそろ滅亡かな」
義父殿が伏齅からの書状を見ながらそう呟かれる。義弟は目を瞑ったままピクリとも動かない。
「義父殿。いかがしましたか」
「大樹が美濃の立政寺から小田原城に移られるそうだ。いちおう北条へ援軍を要請しに行くという名目だけど、織田にいては危険だと思って逃げ出したんだろうね。織田はかなり引き留めたようだけど今回は上杉も惟宗を攻めることはできないからよほど織田が頑張らない限り滅亡は免れないだろうね」
「しかし織田は上杉の力を借りたとはいえ一度は惟宗を追い出していますぞ。そのせいで国人たちもそう簡単には惟宗につこうとはしないでしょう。そこまで一方的な戦にはならないと思いますが」
「大樹が美濃にいたままだったらね。だけど大樹は小田原に逃げてしまった。そのせいで国人たちはどう思うかな。大樹は織田が惟宗に負けると思い逃げた、織田には惟宗に対抗できる力を持っていない、だったら惟宗に寝返って身を守った方がよいのではないかと思うんじゃないかな」
確かにそうだな。それを考えると大樹に逃げられた時点で織田は終わったも同然だな。しかし織田信長という男、そう易々とやられるだろうか。今川との戦では誰もが織田が負けると思っていたが奇襲で義元の頸をとった。大樹が惟宗と戦をすると決めた時織田が真っ先に潰されると思われていたがいまだに持ちこたえている。噂では国康が上杉と織田とは敵対したくなかったと言ったらしい。本当かどうかわからないが国康が織田を高く評価しているのは間違いないだろう。そうでなければあれほど大規模に兵を動かすとは思えない。はたして惟宗と織田の戦はどうなるのだろうか。
「それより君としては大樹が北条を頼ったことの方があまり愉快ではないね」
「確かに関東管領である上杉家のものとしては討伐する対象である北条を頼られるのは不愉快ですな。皆も多かれ少なかれ似たようなことを言っています」
「そうか。では上杉が惟宗に降伏しても反対意見は少ないだろうね」
義父殿の言葉に義弟が目を開ける。
「いよいよですか」
「あぁ、惟宗が織田に攻め入るのとほぼ同時に降伏の使者を出す。上杉は惟宗の傘下に入り、惟宗の天下のために働く」




