手取川の戦い2
―――――――――1573年9月5日 松任城 上杉景虎――――――――――
「惟宗は出てこないか」
そういうと義父殿が深く溜息をつかれた。目の下にはくまができている。周りを見渡すと多くの将にもくまができている。おそらく私にもできているだろうな。平気そうなのは義弟殿ぐらいか。
「御実城様、兵たちの間にはまともに眠れないことと手柄をあげる機会がないため不満が溜まっています。このままでは」
「分かっているよ、景広。だけどこちらが川を渡ればその途中で一気に鉄砲や弓で攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなれば数でも負けているこちらはすぐに敗走することになるね。そうなれば次の冬まで惟宗の大軍を相手せねばならなくなる。こちらから仕掛けるわけにはいかないよ」
「しかしいざという時に兵たちが戦えないということになるやかもしれません。それに手柄欲しさに抜け駆けをしようとするものも出てくる可能性が」
抜け駆けか。あり得ない話ではない。むしろこのままではいつ出てもおかしくはないだろう。そうなればそれを援護するために全軍で川を渡らねばならなくなるだろう。そして義父殿が言われたように惟宗に遠距離から攻撃を仕掛けられて多大な損害を被ることになる。
「そうなると今回の戦の勝敗はどちらが配下を押さえられるかにかかっているということになるね。惟宗は抜け駆けをしたものはたとえ重臣だったとしても手柄を認めずに処罰を与えたと聞いている。対して上杉はそのようなことはない。若干こちらが不利かな」
そういうと義父殿がまた深く溜息をつかれる。
「御実城様。ここは奇襲を仕掛けましょうぞ」
「景家殿。惟宗が奇襲を警戒していないはずがないでしょう。仕掛けたところでそう簡単に成功するとは思えませんぞ」
「しかしこのままでは士気が衰え、兵も警戒心をなくし惟宗に隙を作ることになりますぞ」
「だが奇襲を仕掛けて失敗でもしたら最悪の場合、惟宗が越後に攻め入ることになるぞ」
「勝てば問題ないではないか。戦の前から負けることを考える奴があるか」
「惟宗は6万もの兵を動かしているのだぞ。負けた時のことぐらい考えるわ」
「そういえば飛騨から康正が攻め入ってきているのだったな。それを放置するのもよくないのではないか」
「いっそのこと和睦をするか」
「惟宗に和睦を請うだと。それは戦に勝って武威を示した後と決めただろう」
景家殿を皮切りに皆が口々に意見を言う。このままでは纏まらないな。
「皆、鎮まれ」
急に義父殿が声をあげられて皆が義父殿の方を見る。義父殿はどうなさるおつもりなんだろうか。
「皆の意見はよく分かった。これより奇襲の準備をする」
「御実城様。川を渡るのは危険です。御考え直しを」
「安心しろ景広。川は渡らん」
「え?」
――――――――――――1573年9月7日 和田山城―――――――――――
「上杉が撤退し始めただと」
頼久の報告に思わず声をあげてしまった。
「はい。間違いございません。上杉総勢2万がすべて松任城から離れました」
どういうことだろうか。上杉が逃げ出したと見ることができるだろうがあの謙信が戦をせずに逃げ出すなんて考えられるだろうか。
「御屋形様、いかがしますか」
調親がこちらを窺うように聞く。さて、どうしたものかな。
「康正はどこまで兵を進めた」
「残念ながら斎藤朝信に阻まれてまったく兵を進めることはできていません」
そうなると越中が怪しいから撤退したという訳ではないのか。どうしたものかな。康正には2万も兵を預けているのになかなかうまくいっていないとなると後ろからたたくことはできないか。水軍も間に合っていない以上今の兵だけで対処するしかないな。
「松任城にはどれほどの兵を置いている」
「一切の兵を置いていません。松任城だけでなくほかの城もです」
「一人たりともか」
「はい」
うーん、やっぱり罠だよな。越後に戻るためなら惟宗が兵を退いた後にある程度の城兵を置いて戻るはずだ。越中への援軍だとしても城兵を一切置かないはずがない。
「それと」
「まだあるのか」
「はい。上杉の動きを探るために入れていた手の者たちと連絡が取れません。おそらく上杉の忍びが動いたものと思われます」
鼠狩りの後に城兵を置かずに撤退か。間違いなく罠だな。だけど罠を恐れてなにもしないというわけにはいかないだろう。
「よし、まずは5000を渡河させる。その隊は上杉本隊を追え。だが上杉の撤退はおそらく罠だろう。その場合は奇襲を仕掛けてきたところですぐに撤退せよ。それを追ってきた上杉を今度は逆にこちらが奇襲を仕掛ける。奇襲に成功したと思った上杉に奇襲を仕掛けるのだ」
「「「はっ」」」
奇襲には奇襲。あの軍神を罠にはめることができるか分からないけど上杉家臣ならば嵌められるはずだ。奇襲が成功したと思って謙信の制止を聞かずに飛び出てくるものもいるだろう。それを叩き潰す。




