手取川の戦い1
―――――――――――1573年8月30日 和田山城―――――――――――
「はぁ」
「御屋形様、いかがなさいましたか」
思わず溜息をついてしまい側にいた小姓が心配そうに声をかけてきた。えっと・・・思い出した。土持の倅だ。配下が増えて小姓も増えてきたからどうも名前が覚えられないんだよな。小姓って人質の役目もあるから追い返すわけにはいかないし。俺としては人質なんていらないんだけど国人衆からしてみれば形だけでも人質を出して安心したいんだろうな。それと俺に取り入るためか。邪魔だな。天下を取った後もこんな感じなのは嫌だな。上杉と織田の戦が終わったら本格的に幕府を形作ろう。お世辞ばかり言うやつじゃなくて出来るだけ有能な奴を取り入れられるような仕組みにしないと。それから常備軍。陸軍は金がかかるから今のままでいいかもしれないけど海軍はしっかり作らないと。いかん、上杉との戦の前に現実逃避をしてしまっているな。和睦は時間稼ぎだったとはいえ本当に戦はしたくなかったんだけどな。天下人として情けないところは見せられない。まったく、面倒な役だな。俺が言い出したことだけど天下人なんてなるものじゃないな。
「御屋形様?」
「ん。あぁ、何でもない。これからの事を考えていただけだ」
「左様でしたか。さすが御屋形様です。上杉との戦のあとの事を考えておられるとは」
「上杉との戦というより日ノ本から戦がなくなってからの事を考えていた。新たな幕府をどのような形にするか、どういう法を持って大名たちと日ノ本を治めるか。それを考えていた」
「なんと。上杉との戦のあとの先まで考えておられたとは。さすがにございます」
たぶん俺が生きている限りこいつは出世しないだろうな。世辞ばっかりだ。名前を覚えていなかったということは大したことをしていない奴なんだろう。貞康やその嫡男の代ではわからないけどな。
「それより上杉はどうしている」
「まだ動きがあったという報告はございません」
「そうか」
不安だな。あの軍神との戦だ。信長との戦の時より不安だわ。
上杉は惟宗が兵をあげるとすぐに能登攻めをやめて加賀を南下してきた。もともといくつか落とされていたのもあって惟宗がこの城に入った時には手取川の対岸にある松任城に入っていた。手取川の対岸の城はおおかた押さえられている。多分手取川を渡ろうとしたら一気に攻めてくるだろう。そうなると川を背に戦うことになるな。奇襲になれば兵も混乱しているだろうから兵の差はあまり有利に働かない。かといってこのままにらみ合いを続けるのも得策ではないだろう。信玄が死んだとはいえ武田は健在。上杉・織田と同時に戦をするのは避けたい。それに睨み合ったままでは領地を奪い返すことができないしな。逆に上杉は奪い取った領地で満足するのならわざわざ攻めて来る必要はない。つまりこちらから仕掛けないと動かないということだ。水軍を使って能登に上陸することも考えたが水軍の大半は伊勢・志摩で長島と尾張に入る船を沈めている。残りだけだとそんな大軍を能登に送ることはできない。いちおう一部をこちらに送るよう伝えたが関門海峡経由になるから時間がかかるだろう。さて、どうしたものかな。
「頼久を呼べ。それから人払いを」
「かしこまりました」
とりあえず情報を確認しないとな。織田・武田の動き、上杉内部からの寝返りの有無。それを聞いて判断しないとな。場合によっては強引に攻め入らないといけなくなるかもしれない。今回は関が原での戦以上の犠牲を覚悟しておかないといけないな。
「失礼いたします」
四半刻ほどすると頼久が入ってきた。
「お呼びと伺いましたが」
「情報を確認しておきたい。織田と武田はどうしている」
「いまのところは動きはないようです。やはり徳川への援軍を警戒しているかと」
まぁ、総大将は舅殿だからな。確か史実の信玄が一度会ってみたいと言っていたらしい。この歴史でもそんなことを言ったとしたらその時は敵として会うなんて思わなかっただろうな。
「舅殿はどうしている」
「まずは遠江の平定から行っています。遠江では武田に寝返った国人たちがまたこちらに付こうとしています。徳川はそれを認めないと言っていますが鑑連殿が速度を重視するべきだと主張して降伏を認めているようです」
徳川からしてみれば御家を滅亡させかけた原因の一端だ。そう簡単には許せないだろう。だが舅殿からしてみればさっさと遠江を纏めて武田の盾にしたいところだ。援軍を出してもらった手前徳川も強くは言えないだろう。あの生き残りの天才のような家康だ。よほどのことではない限り認めるだろう。
「上杉の中でこちらに寝返りそうなのはいるか」
「残念ながらいませんな。やはり一度は戦に勝たねばこちらに寝返ろうというものはいないかと」
「厄介なことだ。このまま監視を続けろ」
「はっ」
当分は水軍が来るまで向こうが攻撃できないところから大砲や棒火矢で攻撃し続けるか。長引きそうだな。




