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相神松浦氏

―――――――――――1538年11月1日 飯盛山城 東尚久ひがしなおひさ――――――――――――

「殿、御考え直して下され」

「くどいぞ、尚久なおひさ。下がれ」

「しかし・・・」

「下がれと言っている」

「はっ・・・」

しぶしぶ殿の前から下がる。しかしこのままではまずいの。


「父上」

廊下を歩いていると正面から倅の時忠ときただが近寄ってきた。

「いかがした」

「これから伊万里と有田の事で殿に会いに行こうかと」

「やめておけ。先程儂がいってきたが無理であったわ。伊万里はともかく有田を見捨てるようでは家臣たちも動揺すると言ったのだが。殿はまだ宗とは敵対した訳ではない、むしろ下手に敵対しては平戸に隙を作るだけだと。やはり平戸にばかり目がいってしまっているようじゃ」

「仕方ありません。なにせ父君を平戸に殺されたようなもの」

確かに平戸が攻めてきたことで父君は自害なされ、殿は平戸に捕らえられた。そこで嫌な目にあったのだろう。平戸を脱出したあとの19年間はほとんど平戸との争いであった。もうあまり若くない。焦っておられるのだろうか。


「それでも宗が力をつけることは危険じゃ。宗の狙いは松浦郡を統一し、肥前の旗頭になることだとしか思えんわい」

「あるいは肥前統一か」

「まさか」

「しかし、松浦郡を統一することができれば対馬・壱岐を合わせて15万石ほどになるでしょう。大村と有馬も養嗣子のことで乗っ取りではないかとあまりうまくいかない可能性がありますし、少弐も昔の勢いはありませんし龍造寺ともあまり仲が良くないとか。十分に機会はあるかと」

「それはそうじゃが・・・」

確かに一理あると思える。しかし殿はそのことに気がついていない。

「すぐに殿にお会いせねば」

「先ほど行ってきたばかりではないですか。私から殿にお伝えいたしますよ」

「そうか、すまんの。嫌な役を押し付けてしまった」

「構いません。主人に嫌われようとも諌めるのが家臣の務め。特に我らは新参者ですから譜代の方には言えないことも言っていかなければ」

「すまんな。儂が千葉を追われていなければ譜代として勤められたものを・・・」

「父上、先程から謝ってばかりですよ。それに私はここに仕えることができてよかったと思っています。たとえ譜代ではなかったとしても」

「そうか・・・」

また謝りそうになったが言わなかった。少し楽になったわ。

「では、行ってまいります」

一礼して去っていく。おそらく聞き入れて下さらないだろうの。だが明日も来ることにしよう。それとほかの方にもお願いして諫めてもらうことにしよう。北野直勝きたのなおかつ殿と松園休也まつぞのきゅうや殿にもお頼みしておかねば。


――――――――――1539年5月1日 飯盛城 東尚久――――――――――

「言ったであろう、最近奪い取った領地があるからすぐには攻めることはできないと。あれから半年が経ったがまだ攻めてくる様子はないではないか」

「しかもこれからは農繁期、宗が攻めてくることはありますまい」

「そうであるな」

休也殿の言葉に殿は満足そうに頷く。直勝殿は無表情じゃ。

「しかし波多が滅ぼされた時も農繁期でした。油断してはいけませぬ」

「時忠は心配性じゃな。おおかた無理して攻めたのだろう。続けて無理をすれば民からの反感を買って自滅するだけだろう。それくらいは分かっておるはず」

「ですが・・・」

「親子二人してしつこいの。昨日も尚久が似たようなことを言いに来たわ」

倅が驚いたように儂の顔を見る。まぁ、やめておけといったのは儂だからの。


しかし休也殿が殿に賛成するとは思わなかった。いったい何を考えているのか。いや、何も考えていないのだろうの。ただのご機嫌取りぐらいにしか考えていない。伊万里や有田が滅んでも休也殿の領地は宗と接するわけではないから宗の脅威をそこまで感じない。しかし平戸はすぐ隣にある。殿の援助がなければすぐに踏みにじられるだろう。そのためすぐにご機嫌取りをする。それが悪いとは言わんが少しは自分の事だけでなく相神松浦の事を考えて発言してもらいたいものじゃ。直勝殿のように時折注意を促す程度に話題に出すぐらいでいいのじゃが。


「そうじゃ、尚久」

「はっ、なにか」

「ここ最近、平戸との戦も芳しくない。そこでひとつ、賭けでもしないか」

「賭け、にございますか」

「そうじゃ。平戸が先に我らを攻めてきたら儂の勝ち、宗が先に伊万里を攻めたらその方の勝ち。そうだな、その方が勝ったら平戸を滅ぼした時に平戸の領地の半分をくれてやろう」

「いや、それは・・・」

「おぉ、羨ましいですな。尚久殿はもちろんお受けになられますよな」

断ろうときたが休也殿が先に声を上げて断りにくい状況をつくった。ここで断れば長く言ってきたことなのに自信がないのかと思われて信用を無くすかもしれん。新参者である儂や倅は信用をなくしてしまうとたちまち千葉にいた時と同じように放逐されてしまうだろう。それにまだ儂が負けた時のことを殿は言っていない。一体どのような無理難題を押し付けられるか。

「はははっ。では、楽しみにしているぞ。平戸か宗か。まぁ、平戸は儂が先に攻めるが」

「その時は某に先鋒を」

今まで黙っていた直勝殿が不意に声を上げた。

「直勝は戦ばかりよの。分かった、先鋒は直勝に任せよう。お主の強弓は士気を上げるのにはうってつけじゃ」


「申し上げます」

賭けの話も終わり雑談をしていると殿の小姓が大慌てで入ってきた。

「何事じゃ」

「伊万里殿より伝令です。宗が1500の兵を率いて伊万里城を包囲。援軍を願うとのことです」

「何っ!?」

おのれ、やはり攻めてきたか。

「さらに1000が唐船城を包囲しております」

なんと、それほどの兵を動かしてくるとは。

「城にはどれほどの兵糧がある?」

「それが最近商人が大量に買っていったため7日持つかぐらいです」

兵糧がないか。援軍を出さねば伊万里城と唐船城は落ちるだろうの。

「殿、いかがなさいますか」

「・・・援軍は送らん」

「殿っ!?それは伊万里と有田を見捨てるとのことですか」

「仕方なかろう。いまは田植えの時期じゃ。民に不満が残れば次の戦の時にどうなるかわからん。それに伊万里は儂の配下という訳ではないのだ。助ける義理はない」

「それなら有田だけでも」

「何度も言わせるな。援軍は送らん」

殿はそう言うとさっさと部屋から出て行ってしまった。休也殿も殿と一緒に出て行かれた。残ったのは儂と倅と直勝殿だけだ。


「尚久殿、いかがなされるおつもりで」

直勝殿が儂に聞いてきた。無表情だが少し声に不安がある。

「殿が援軍を出さないと言った以上援軍は出せませんな。しかし今後、最悪の場合を考えて行動せねばなりますまい」

「最悪というと?」

「平戸と宗が手を結び我らを攻めてくることでしょうか」

「父上、有馬のことも忘れては行けませぬ。これを好機として攻めてくるやかも」

「有馬晴純か、なかなかの野心家であると聞いていますが」

「野心家であるならば攻めてきてもおかしくはありませんな」

「直勝殿、念のため戦の準備だけでもしておきましょう。伊万里城が落ちたあとそのままこちらに来ないとも限りません」

「左様ですな。早速戻って準備をしてきまする」

「お頼み申し上げます」

一礼して直勝殿も部屋から出て行った。さて、儂もすぐに領地に戻って兵を整えねば。

「父上、少し話があるのですが」

「話?分かった、今は時間が惜しい。歩きながらで良いか」

「いえ、できれば父上の部屋か私の部屋で」

よほど内密にしておきたい話のようじゃな。

「よかろう。しかし簡単な内容ぐらいは教えてくれんか」

「宗から密使が来ました」

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