長島
――――――――――1573年8月10日 長島城 顕如――――――――――
「ええい。他の大名の様子はどうなっているのだ。何も情報は入ってこないのか」
「仕方ありますまい。惟宗があらゆる道をふさいでいます。海の上も同様です。これでは誰も入ることは難しいかと」
儂の言葉に証意が答える。しかし苛立たしい。
「くそっ。外の様子がわからなければどう動けばよいか分からぬではないか」
以前まで協力していた大湊などはもう船を出してこなくなった。織田も援軍を送ってこないようだ。中江砦・大鳥居砦などもすでに惟宗の手に落ちてしまった。残っているのはここだけだ。
「せめてあの大筒の攻撃さえなければよいのだが」
「左様ですな。ああも毎晩撃ち込まれては寝れません。門徒たちも全く眠れていないようでたまに惟宗が攻めてきても余計な損害を出してばかりです。それに惟宗の攻撃で兵糧も多くがやられています。まさかあれほど火薬を使ってくるとは思いませんでした。厄介なことですな」
そうだ。せめてあの大筒さえなければ。あれさえなければしっかり休むことができて反撃に転じることができるであろうに。忌々しい。
「顕如様、ここは和睦を結びませぬか」
証意がおずおずという感じで提案をしてきた。しかし和睦だと。ありえん。
「何を言うかっ。和睦だと」
「しかし門徒たちの中にも降伏しようとしている者がいます。もっともその門徒たちはすぐに惟宗に殺されているようですが」
「だからと言って和睦だと。この前の戦でも降伏させられたというのにか。あの時は石山を追い出された。今回はどうなると思っているのだ。長島を追い出されるのは間違いない。それだけでなく我ら主だった僧侶は打ち首であろう。そうなったら誰が門徒たちを率いるのだ。我らはまだ死ぬ訳にはいかんのだ」
「それで門徒たちがついてこなくなっては意味がありません。門徒たちの中には寝不足や兵糧不足のせいでかなり不満が溜まっています。我らの頸をもって降伏しようと考える輩が出てきてもおかしくありませんぞ」
「無礼者。門徒たちの中にそのような者はおらんわっ」
門徒たちが我らの頸をだと?ふざけたことを言うでないわ。
「しかし今はそうでもいずれはそうなるやかもしれませんぞ。せめて交渉だけでも進めませぬか」
「ならん。だいたいどうやって交渉するというのだ。惟宗は近づいてきたものはすぐに殺そうとするのだぞ。使者を出してもすぐに殺されるわ。それとも其方が使者となるか」
「顕如様がそうせよと言われるのでしたらこの証意、喜んでその役目を務めましょう」
ふむ、どうやら意志は固いようだな。ではそれを利用させてもらおう。
「では和睦を纏めてこい。ついでに数名は連れていけ。情報を集めさせる」
「はっ」
もし惟宗に殺されたら証意の死を無駄にするなと門徒たちに呼びかけて団結を促すことができるであろう。和睦が成功すれば息継ぎをすることができる。どちらに転んでも問題ないわ。
―――――――――1573年8月30日 三日城 上杉景虎―――――――――
「御実城様、やはり関白様の説得に従って惟宗と和睦を行うべきだったのではないですか」
「何を言われるか、景綱殿。惟宗は大樹を追放したのだぞ。それと手を組めと言われるか」
直江景綱殿の言葉に北条景広殿が反論した。またこの流れか。関白様が和睦を勧められてからほぼ毎日これだ。一度は戦をして惟宗に上杉の武威を示したうえで和睦を結ぶという結論に至ったというのに6万もの兵がこちらに近づいてきてからまたこの話が出てきた。
「もはや天下人に最も近いのは惟宗ですぞ。征夷大将軍という職もなくなりました。ここにきて足利家に忠義立てする必要はございません。朝廷も征夷大将軍職をなくしたということは足利の世を認めないということでしょう。それに逆らって足利に手を貸すということは朝廷を、帝の御意思を無視するということ。そのようなことを上杉が行うべきではございません」
「だが上杉は関東管領ぞ。それを足利の力が落ちたからと言って見捨てるというのは不義というものでしょう」
「御実城様。御実城様はいかが御考えですか」
景綱殿が義父殿に話を振る。義父殿はどう判断なさるだろうか。
「確かに景広の言う通り落ちぶれたから見捨てるというのは義に反する。しかし帝の御意志を無視するというのもよくない。それに惟宗は6万もの兵を引き連れている。楽に勝てる相手ではないだろう。だがここまで来た以上戦をせずに和睦を請うのはただ舐められるだけだ。やはり以前決着がついたように一度戦をして武威を示した上で和睦を結ぶ」
やはりこれまで通りの結論に至ったか。義父殿としては上杉は一度負けねばならんのだ。戦はせねばならんのだろう。
「これより我らは加賀を南下する。そして手取川にて惟宗を待ち受ける。これは上杉の存続をかけた戦だ。皆、存分に力を振るえ」
「「「はっ」」」




