織田征伐2
―――――――――1573年2月13日 木造城 惟宗貞康―――――――――
「なにっ。親成が死んだだと」
世鬼政定の報告に思わず声が出てしまった。
「間違いないのか」
「はい。監視のものが異常に気付き部屋に入った時にはすでに家臣共々」
「そうか。下手人は」
「織田の手の者と思われます」
織田か。おそらく北畠のものを殺すことで伊勢の統治を邪魔するつもりなのだろう。
「死んでしまったのだ、仕方ないな。監視をしていたものはすぐに織田の動きを探らせよ。長島が安濃城にいる別働隊に攻めかかる前に南伊勢を制圧する」
「かしこまりました」
そういうと一礼して政定が下がる。安濃城には1万しか置いていない。長島の門徒が一気に攻めてきたら面倒なことになるだろう。出来るだけ早く南伊勢にいる織田4000を叩き潰さなければ。
「若様、いかがしますか。織田は大河内城で籠城の構えを見せていますが」
康胤が試すようにこちらを見る。
「総大将は誰だ」
「確か柴田勝家だったかと」
柴田勝家か。父上が警戒しておけと言っていた将の一人だな。時間稼ぎとみるか、奇襲で俺の頸を取りに来るとみるか。ここで時間稼ぎに出るならば長島が動くと見ていいだろうな。奇襲を仕掛けてきたら長島との連携はうまくいっていない。
「まずはこちらに寝返らないか調略を仕掛けよう。戦をせずに終わるならそちらの方が良い」
「柴田勝家は織田家随一の猛将で信長の忠臣です。寝返りには応じないでしょう。むしろ交渉に応じるふりをして時間を稼がれるだけです」
「しかし家督争いの時、最初は信長の弟の方についたのであろう。織田家であまり良い扱いを受けていないのではないか。それならばこちらに寝返る可能性が」
「そのような低い可能性にかけてはなりませぬ。敵がなぜここまで抵抗していると思われますか。武田が徳川を破り織田と合流するための時間を稼ぐためです。そのために柴田も長島も近江の城も捨石にするでしょう。わざわざ敵の思うがままに動く必要はございません」
「では一気に攻め滅ぼすべしと申すか」
「いえ、無視しましょう」
は?どういうことだ。さすがに4000の敵を無視するというのは危険なのではないか。
「城攻めでは時間がかかります。ならば敵が城から出てくればいいのです。敵が我らを追って城から出てきたところをこちらが迎え撃って殲滅すればよろしいかと」
「しかしそう都合よく出てくるのか。これほどの兵力差があれば城に籠っていると思うのだが」
「出てくるでしょう。城に籠っていたところで意味がありませんので。それより若様の頸を狙って奇襲を仕掛けた方が確実に時間を稼げます」
「それもそうだな。ではこのまま安濃城に戻る。世鬼にはこれまで以上の監視を命じておこう」
―――――――――1573年3月1日 浜松城 大久保忠世―――――――――
「お初にお目にかかる。惟宗国康が家臣、佐須盛円にござる」
「徳川家康にござる。此度の救援まことにかたじけない」
そう言ってお互いに頭を下げる。本来ならば殿は頭を下げないだろうが惟宗に降ったいま、佐須盛円殿と殿は対等だ。殿もそのあたりはしっかりせねばならないと思われているのだろう。
「兵糧に8000の兵。皆も喜びましょう」
「城の外には武田と対陣している本隊15000がいます。たとえ武田といえどもそう簡単にはこの城を落とすことはできないでしょう。兵糧は半年以上は余裕で持ちます。それまでには織田との戦も大勢は決しているでしょう」
「頼もしい言葉ですな」
あの織田との戦が半年で大勢が決すると言えるとは。それも自信過剰という訳でなく正しく相手との戦力差を計算したうえで言っているのだろう。20万もの兵を動かすことができるのは惟宗だけだろう。
「そういえば正信は元気にしていますか。昔、一向一揆のせいで徳川を出ていかなければならなくなったので心配はしていたのですが」
「よく働いていますぞ。今回の戦では堺で兵糧の調達を指揮しています」
「左様でしたか。正信はなかなか優秀ですからな。きっと御屋形様のためによく働いてくれているでしょうな」
「ふん。所詮はそろばんをはじいているだけではないか」
「忠勝。控えよ」
正信殿の話になったとたん忠勝殿の顔が険しくなりついに暴言を吐いてしまった。すぐに殿が叱責されたが盛円殿の気を悪くされなければよいのだが。
「申し訳ない、盛円殿。家臣には私からよく言って聞かせておきますゆえ」
「はははっ。そこまで気になされるな。正信殿の悪口を某が咎めるいわれはございませんので。しかしたとえ誰にどのような評価を受けていようとも御屋形様がどう評価されるかが惟宗での評価です。それはお忘れなきよう」
つまりここではいいが国康様の前では控えた方がよいということだろう。人の悪口を言う人間は信用できないということだろうか。
「御忠告かたじけない。肝に銘じておきましょう」
「それが賢いかと。それよりこれからの事を話しましょう」
「左様ですな。本隊が武田と対陣していると聞きましたが」
「はい。とりあえずはこのままにらみ合いを続けることになりましょう。しかしそろそろ越後の雪が解けることです。上杉の動きには武田も警戒しているでしょう。織田との戦次第では甲斐に引き揚げることも考えられるかと。ま、当分はここで籠城しながら織田との戦の結果を待つといったところですな」
つまりこれまで通りということか。確か近江は大半を制圧できたと聞いている。伊勢も織田が城から出てきたところを包囲・殲滅したらしい。飛騨も制圧して美濃攻めが近々始まる。援軍も来たことだし城の士気は当分持つだろう。何とかなるな。




