援軍
――――――――1573年1月10日 浜松城 大久保忠世―――――――――
「なにっ。それはまことか」
「はい。すでに船を使って援軍がこちらに向かっています。さらに総勢10万以上の兵が織田領に攻め入ったとのことです」
私の言葉に皆がどよめく。正直、織田領に攻め入ってくれれば上々吉と考えていたのだ。それが援軍を乗せた船がこちらに向かってきているのだ。武田もこのところ城を囲むだけで戦らしい戦を仕掛けてこない。兵糧攻めにするつもりなのかもしれないがそれにしては妙に動きが鈍い。何があったか、何をしているかは知らないがこれで一気に楽になる。
「それで数は」
「水軍を含めて4万です。織田の九鬼水軍を破った後こちらに来ると」
「そうか。いかに強力な水軍である九鬼といえども村上水軍を破った惟宗には勝てんだろう。そのあとはどこに上陸するつもりなのだ」
「渥美に上陸するようです。その後、三河でまだ抵抗を続けている各城に兵糧などの援助を行いながらこちらに来ると」
三河は惟宗が織田に攻め入れば何とかなるだろう。織田も三河にかまける余裕があるなら惟宗に回すはずだ。そうなると当分の敵は武田だな。動きが鈍いとはいえ相手はあの武田騎馬隊。油断もできないな。惟宗は水軍を使ってこちらに来ると言っていたということは4万のうちすべてが上陸するわけではないのだろう。だとすれば援軍が来たとしても武田が退くまで籠城は続くだろうな。士気は上がるとはいえ兵糧が無くなると厳しいな。正信のような銭に強いものがもう少しいればまだ楽なのだがな。
「殿、兵糧の残りはどれほどですか」
「ん?確かあと一月は持ちこたえられたはずだぞ」
一月か。微妙だな。惟宗の援軍は間に合うだろうがそのあとこの城に兵糧を持ち込めるだろうか。
「ではもう少し兵糧の消費を抑えましょう。惟宗の援軍がいつ来るか分からないですので」
「そうだな。惟宗が来た時にこの城が落ちていては意味がないな。元忠、すぐに兵糧の消費量とどれだけ抑えられるか調べよ」
「はっ」
「よし、惟宗が来るまで持ちこたえてみせるぞ」
「「「おおっ」」」
――――――――――1573年1月12日 願証寺 顕如――――――――――
「証意、挙兵だ。惟宗を今度こそ叩き潰すのだ」
「挙兵ですか。そういえば惟宗が伊勢に攻め入ったと聞きましたが。北畠の援軍でしょう。こちらに来ることはないと思いますが」
儂の言葉に証意が驚いたように声をあげる。しかし甘い考えよ。
「いや、近江・美濃にも攻め入っている。しかも水軍を使って海上を封鎖しようとしている。このままではいずれ干上がるぞ。その前に挙兵して織田を援護するのだ」
北畠ごときのために惟宗が4万の兵を動かすわけがない。おそらく北畠は口実で伊勢の制圧が目的なのだろう。その証拠に大河内城の救援より大河内城の北側にいる織田に寝返った国人を潰すことを優先している。そのせいで織田の兵が退いたとはいえ一部はまだ大河内城を包囲している。そしてその兵だけで大河内城は落城寸前だ。
「分かりました。ではすぐに門徒に知らせましょう。大樹には知らせますか」
大樹か。たしか今は美濃にいるのだったな。
「どうせ織田が惟宗と敵対したのだ。すでにあちこちに惟宗討伐を呼びかけておろう。わざわざ知らせる必要はない」
おそらく北条や上杉にでも使者を出しているのだろう。それらが兵を出すかはわからないが今の大樹にはそれぐらいしかできない。もうできることをしているのならば向こうから来ない限りこちらから知らせる必要はないだろう。
「それより織田は大河内城を囲んでいるのだったな。数はどれほどだったか」
「確か4000ほどだったはずです。大河内城に籠っている兵は2000ほどだったかと」
「すぐに門徒を送れ。大河内城を出来るだけ早く落とさせるのだ」
大河内城が無ければ背後の心配なく惟宗の兵にあたることができる。
「しかし伊賀者たちも情けない。4万の兵に迫られたとしてもあっさりと伊賀国を通過させるとは。せめてごねて時間を稼いでくれたらよかったものを」
「仕方ありますまい。反惟宗派の者たちは自分のところで忍びを抱えています。織田の甲賀者しかり、武田の透破しかり、北条の風魔しかり。反惟宗についたところで仕事はないと思ったのでしょう」
「所詮は下賤のものよ。御仏より銭を優先するとは」
「いかがしますか。伊賀にも門徒はいますが」
「必要はない。伊勢で織田と協力して叩く方がよかろう。確か総大将は国康の嫡男だったな。あれの頸をとればかなり混乱するであろうな」
確か貞康の下は双子であったな。嫡男が死ねば大いに混乱しよう。どちらを後継ぎに決めても混乱するはずだ。楽しみよ。




