北近江侵攻
―――――――――1572年7月20日 小谷城 浅井久政―――――――――
「あ、朝倉が滅んだ・・・」
宮部継潤の報告を聞いて思わず茫然としてしまう。馬鹿な。朝倉殿には本願寺が加賀・越中の門徒を使って援護をしていたはずだ。それなのにもう滅んだというのか。
「な、何かの間違いではないのか。加賀と越中の一揆が加勢していたはずだ」
「惟宗が援軍が来る前日に奇襲を仕掛けてほとんどの者が討ち取られました。惟宗はおそらく加賀に攻め入るでしょうが2・3月ほどで制圧するかと。さらにこの敗北の報告を聞いて上杉が戦の用意をしています。おそらく越中に攻め入るのかと。すでに惟宗と上杉の間で使者の行き来が行われているのが確認されています」
「あの上杉も動くのか・・・武田に頼んで上杉の背後を突くことはできんのか」
「無理でしょう。ここで遠江を離れれば徳川が盛り返しかねないので」
くそっ。せっかく比叡山を動かしてあと少しで長政派を潰し終えることができるというところだったのに。
「惟宗は全軍で加賀に攻め入るのか」
「いえ、どうやら二つに分けるようです。そのうちの一つはこちらに攻めてくるかと」
「数は」
「4万です」
4万か。無理だ、勝てるわけがない。我らは比叡山や本願寺の手を借りてやっと2万に届くかどうかなのだぞ。はっ、それだけではない。これを好機に長政が勢いを取り戻すかもしれない。厄介だ、厄介だぞ。
「織田殿に援軍を頼むことは」
「それは難しいかと。織田殿には我らを助ける義理はございませんし、徳川攻めの途中です。聞くところによれば三河に攻め入ったはいいものの随分と激しい抵抗にあっているとか。農民の大半が武器を持って織田殿と戦っているとか。織田殿としてもまさかこれほど抵抗されるとは思っていなかったでしょうな」
ええい、せめて織田殿の兵が1万でもいれば状況も変わったであろうに。徳川め、さっさと滅ぼされんかの。
「仕方ない、長政に使者を送れ。和睦を結ぶぞ」
「しかし、受け入れるでしょうか。下手をしなくても惟宗と手を結ぼうとするのは間違いないかと」
「それでも何とかしてまとめるのだ。そうでなければ我らは朝倉殿のように滅ぶだけぞ」
―――――――――1572年8月1日 二条城 大舘晴光――――――――――
「くそがっ」
そう言って大樹が書状を破り捨てられる。
「なぜこうもうまくいかないのだ。余と国康の何が違うのだ。何がここまでの差を生むというのだ」
「大樹、落ち着かれませ」
「うるさいっ。これが落ち着いておられるかっ。朝倉が滅んだのだぞ。加賀・越中の門徒も壊滅的な損害を出して加賀の防衛すらろくにできていないのだぞ。浅井も長政派は惟宗に降伏して久政派は惟宗に攻められて風前の灯火なのだぞ。これでは京周辺の大名は親惟宗派ばかりとなってしまうではないか」
「まだ織田殿も武田殿も上杉殿も北条殿もいます。今は状況が悪くとも最後に勝たれるのは大樹です」
そうでなくてはならない。たとえ惟宗が大きくなろうともあきらめるわけにはいかんのだ。
「分かっておる。それにしても武田と織田は何を考えているのだ。今は少しでも味方が必要だというのに」
「織田殿の話では徳川は大樹の味方をし続けるのに疑問を抱いていたようです。そのような者を背後に戦うのは織田殿も不安だったのでしょう。それに徳川をかばい続けて武田を敵に回すよりはましかと」
「ふん、もうこの辺りでよいのではないか。十分徳川を懲らしめることができただろう。さっさと戦を終わらせてこちらに来てほしいものだ」
「和睦の仲介をなさいますか」
惟政殿がそう問うと大樹が少し考え込まれる。
「いや、必要なかろう。必要があれば言ってくるはずだ。その時に仲立ちをした方が恩を売ることができる。それにあと少しもすれば向こうから言ってくるだろう」
「と言いますと」
「惟宗が北近江に攻め入ったことは織田とて看過できるものではなかろう。必ずや近江に戻るために徳川との和睦をと言ってくるはずだ。今はいつも通り惟宗討伐だけを言っておればよかろう」
「かしこまりました」
「それにしても上杉はどういうつもりなのだ。まさか惟宗と協力して越中の門徒を潰そうなど」
「まったくです。上杉殿は忠義の方だと思っていましたが」
「関東管領に任じてやったというのに恩知らずにもほどがあります」
「いっそのこと関東管領を解任しては?」
大樹の御言葉に皆が同調する。しかし皆が言っていることは正しいな。せめて和睦さえ守ってくれていれば。
「能登の畠山に越中へ援軍を送るよう密書を送ろう。無いよりはましなはずだ」
能登の畠山か。確か当主を追い出して重臣どもが傀儡の当主を立てたと聞いている。はたして聞き入れるだろうか?
「皆はいつでも挙兵ができるよう準備をせよ。好機が来ればすぐに立つぞ」
はたして来るのだろうか。このままでは段々と衰退して幕府は有名無実化してしまう。なんとか来てほしいものだ。




