一揆壊滅
―――――――――1572年7月12日 草間岳 杉浦玄任―――――――――
「明日ですか。厄介ですね」
まわりが静かに寝ている中、門徒からの書状を読み終わった顕栄殿が深く溜息をつかれる。惟宗の援軍が明日には合流する予定らしい。今までは数の差で勝っていたからか積極的に戦を仕掛けられることはなかったが援軍が加われば8万になるだろう。これでそう簡単には勝てなくなるぞ。だから景鏡などは後回しにして惟宗の本隊をたたくべきだといったのだ。それを頼周殿が朝倉に恩を売るのが先だと言って大野郡を攻めると決めてしまった。顕如様の信任を受けているとはいえ戦のことは我らに任せておけばいいものを。
「左様ですな。上杉との戦が終わったかと思えば今度は惟宗です。いつまでも戦は続きますな」
「顕如様が望まれたことです。我らはそれに従えばよいかと」
「それもそうですな」
顕如様が戦えと仰られれば我らは戦えばよい。むしろ武士としてこれほどの大軍を動かせるというのは名誉なことではないか。それも相手は天下の大大名である惟宗国康。ここで勝てば天下に武名をとどろかせることができる。これ以上ない楽しみだ。
「しかし織田殿は何を考えられているのか。武田とともに徳川と戦をする前に浅井の内乱や朝倉の援軍などするべきことはいくらでもあるでしょうに。ああも勝手に動かれては惟宗に勝つことはできませんぞ」
そう言って顕栄殿が溜息をつかれる。僧は考えることが多いから大変だな。
「織田としては武田に徳川ごと攻められるよりはましだと考えたのでしょう。最悪の場合、武田と惟宗が手を組むという悪夢になりかねない」
「しかし武田は顕如様を通じて本願寺との仲は良好ですぞ。織田にも娘が嫁ぐことになっているはず。それなのに我らや織田と手を切ってまで惟宗を攻めるでしょうか」
これだから僧は。少し甘いのだ。やはり戦の事は我らに任せてもらいたいものだな。我らが石山にいれば先の戦の結果もまた違ったものになっただろうに。いまは亡き雑賀衆はただの雇われ者。誰かの指示で動くことは得意でも大量の門徒たちを動かすのは難しかっただろう。だから戦に負けて頸をはねられるようなことになるのだ。
「武田は姻戚であった今川を滅ぼしているのですぞ。期待するだけ無駄でしょう」
「それもそうでしたな。まったく、武家というのは業が深いですな」
戦に参加している僧侶に言われたくないが。
「そんなことよりも今は惟宗ですな。惟宗は援軍を待って動き出すでしょう。確か今は一部の兵が朝倉を攻めているだけでしたね」
「5000の兵が攻めていると聞いています。残りはこちらに向かってきているとか」
「仕方ないですね。頼周殿に朝倉へ援軍を送るよう頼んでみましょう。まぁ、あの人は今までの戦のせいで朝倉嫌いになっているので通るとは思えませんが」
「もう少し柔らかい頭を持ってほしいのですがな」
朝倉を攻めている別働隊はもしかしたらこちらを無視して加賀を攻めるかもしれないな。
「ま、今日はしっかり休むよう門徒たちにも伝えています。今頃は見張りのもの以外は寝ているでしょう。明日以降はよく働いてくれるでしょう」
「左様ですな」
惟宗は援軍が明日に到着するはずだから無理して夜襲を仕掛けていることはないだろう。
「さ、我らも明日に向けて休むとしましょう」
「左様ですな」
―――――――――1572年7月13日 草間岳 阿蘇惟将―――――――――
「進めっ。一揆勢を叩き潰すのだ」
親直が大声で指示を出している。親直は父上の代からよく仕えてくれている。御屋形様からの信頼も厚く、阿蘇が重用されているのは親直のおかげでもあるだろう。戦上手でもあるからこういったところでは指揮を任せているがそのせいかほかの将に阿蘇の当主は先代に劣る、親直がいなければ何もできないなどと言われているらしい。困ったものだ。それに親直は相手が誰であろうとも容赦なく殺す。それこそこのような一揆相手の時もだ。儂は少し遠慮してしまうのだがよくやるものだ。
「申し上げます」
どこかの伝令役と思われる男が近づいてきた。
「津奈隊が敵の将の一人である顕秀を討ち取りました。他でも一揆勢は逃げまどっているだけにございます。御屋形様はそのまま追撃せよとのことです」
追撃か。援軍が来る前に一揆をたたいたりといい御屋形様は人使いが荒いな。その分恩賞は弾んでくれるからよいのだが。しかし御屋形様は夜襲だとか奇襲を好んでおられるな。やはり対馬の頃は兵が少なかったからだろうか。少ない兵で勝つ方法をよく思いつかれる。そのような方が大軍を率いられるのだ。敵対している者からしてみれば厄介なことこの上ないだろうな。
「御屋形様に了解したと伝えてくれ」
「殿っ。突っ込みますぞ。皆に指示を」
「分かった。皆の者、たとえ坊主といえども一切容赦するでないぞ。かかれっ」
「「「おお!!」」」




