朝廷
―――――――――1571年12月30日 近衛邸 一条内基―――――――――
「覚恕法親王様の還俗の」
前久殿が惟宗からの書状を閉じると一言漏らして溜息をつかれる。麿もすでにその書状には目を通してある。朝敵宇津・波多野ら討伐の報告と山国荘のこと、そして義昭のことが書かれてある。
「義昭めがまだ諦めていないことにも驚いたが大弐の考えることにも驚かされるの」
「全くでございますな」
大弐殿が朝倉攻めを始めると浅井が親朝倉派と親惟宗派で二つに割れた。義昭は表立った動きは見せていないが裏では本願寺や叡山を動かして親朝倉派を支援するつもりのようだ。大弐殿は越前の半分ほどを制圧したようだが親惟宗派の支援を口実に浅井を攻めるつもりなのかもしれない。そして親朝倉派である叡山におられる覚恕法親王様の事を心配しているらしい。もし叡山と敵対して覚恕法親王様が亡くなられるようなことになれば朝廷との関係が悪化する。そのことを恐れて覚恕法親王様が還俗するよう説得してほしい様だ。覚恕法親王様が還俗されたら新たな宮家を創設すると言っている。麿たち公家からしてみれば叡山と敵対するなど考えもしないだろうが大弐殿は違うらしい。天下を狙おうというものは考え方が違うのだろう。
「しかし朝廷としては悪い話ではないでしょう。宮家が新たにできることはめでたいことかと。それに宮家創設のための費用はすべて惟宗が持つとか。朝廷の収入も増えるし良いことずくめにございますな」
「そうでおじゃるの。帝にもご相談をしたが悪い話ではないのではと仰られていた。帝の御意向であれば義昭もそう文句は言ってこれんだろう」
「帝がそのようなことを。それでは二条も文句を言ってくることはございませんな」
「ふん、あれの事を気にする必要はなかろう。義昭が動いたとなれば今度こそ大弐が徹底的に潰すはずだ。そうなれば二条などすぐに失脚する」
「左様ですな。そして次の関白には前久様となりましょう」
「そうじゃの。その次は其方か」
「だとよいのですが」
そう言って二人で笑う。京から離れた時は多少不安もあったが今はもうない。惟宗という大きな後ろ盾を得ることができたのだ。逆に足利という後ろ盾を失いつつある二条は焦っていることだろう。
「しかし惟宗が天下を取った時に朝廷をどうするか。それを見極めねばならん。今は良くとも子の代、孫の代になった時に悪化するようなことになっては困る」
「その時は我が息子が惟宗との間に立ってくれましょう」
「だといいのだがの」
惟宗は足利とは違う。惟宗が天下人となった時はかなり大きな力を持つことになるだろう。それが朝廷にとっていいことなのか。見極めねばな。
―――――――――1572年2月1日 二条城 大舘晴光――――――――――
「ええい、なぜこうもうまくいかんのだ」
そう言って大樹が読まれていた書状を破かれた。その書状には浅井・朝倉の様子などが書かれている。浅井は比叡山や堅田の門徒の力によって久政方が優位に戦を進めていたが朝廷が覚恕法親王様を還俗させて新しい宮家を創設すると発表した。そのことは比叡山にとっては寝耳に水の出来事だったようでその対応に追われて久政への援助が滞っている。さらに惟宗が越前の敦賀郡・今南西郡・今南東郡・丹生郡を制圧し義景殿を裏切った景鏡が大野郡を制圧したことで義景殿はかなり厳しい状況になっている。そのせいで久政派から長政派に寝返るものが少しずつながら増えてきているようだ。
「織田はいかがしておる」
「信長殿の妹君が長政に嫁いでいましたが危険だということで一度織田家に戻りました。おそらく長政が信長に対して援軍を求めるための使者となっているかと」
「ここで織田が長政につけば厄介だな。久政に味方するよう密書を送る。徳川と武田の争いはどうなった」
「話し合いでは解決に至りませんでした。すでに小競り合いが何度か起きており武田が大規模な遠江攻めの準備をしているとのことです」
武田が徳川と敵対か。たしか武田は北条と和睦をしたのであったな。これで背後の心配をしなくて済むようになったということか。徳川攻めを行ってもおかしくない。そうなると徳川と同盟を結んでいる織田も武田と敵対することになるだろう。浅井の内乱に口を出す余裕もないだろう。もちろん惟宗と敵対などできるはずもない。
「くそっ。仕方ない、本願寺に久政の援助の拡大を頼むしかないか」
そう言って大樹が溜息をつかれる。あまり本願寺に借りを作りたくないのだろう。これでは惟宗を倒したとしても本願寺の影響力が大きくなりすぎる。それはそれで厄介だ。まったく、これでは大樹による親政はいつになることか。だが必ずや大樹による親政を実現してみせる。そのためにも一つずつ慎重にいかねば。このようなところでこちらの企みが惟宗にバレるわけにはいかん。




