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朝倉義景

――――――――1571年7月10日 金ヶ崎城 朝倉景恒―――――――――

「殿、今すぐに城より出て若狭にいる惟宗を攻めるべきです」

「左様にございます。惟宗の兵は約2万。我らは13000。地の利を考えれば十分に戦える差です。それに率いている将は戦上手とは聞かない武田康繁と若年の吉弘康理。十分に勝機はあるかと」

「しかしだなぁ」

景鏡と吉家殿が殿に出陣を迫るが殿はどうも決めかねるようでしきりに首を傾げている。景鏡の意見に賛同するのは癪だが二人の意見には賛成だ。おそらくほかの皆もそうだろう。しかし殿は惟宗への攻撃を指示されない。


悪い殿ではないのだ。内政もしっかりとなされて各地の大名とも付き合いがある。頭も悪いわけではないし京より多くの文化人を招き入れて一乗谷を以前よりも発展させた。硝子の製造など新しいことも始められたりと良い当主なのだ。ただ自信をあまり持っておらず、決断をするのが遅いだけなのだ。援軍を送るにしても遅く、送ったかと思えば総大将は一門衆の誰か。自ら出陣されることはあまりない。せめて国康の半分だけでも決断力があれば朝倉はもっと大きくなっていただろうに。


「惟宗はすでに丹波を制圧して若狭も残すは三方郡の一部なのだろう。もうすぐそこではないか。それに惟宗は旧若狭国人衆を使っている。あれは士気が高い。そう簡単に勝てる戦ではないと思うぞ。それよりこちらに引き付けて浅井に背後をついてもらった方がよいのではないか」

たしかにそれはなかなか有効な策に聞こえる。少なくとも若狭の惟宗を攻めるほどの損害は出ないだろう。だがそれは浅井が援軍に来ることが大前提だ。そして浅井は援軍を送る気配はない。織田も今は旧今川領をめぐって不仲になりつつある徳川・武田の間を取り持つのに忙しい。どちらかが織田と敵対するようなことになれば惟宗が近江を攻めてくるのと同時に美濃か尾張に攻め込んでくる可能性を考えなければならなくなる。織田も今は神経を使う頃であろう。

「吉統」

「はっ」

「浅井に援軍の催促をして参れ。我らが越前にて惟宗を引き付けている間に惟宗の背後を突かれよと」

「かしこまりました」

吉統殿が多少不満そうな顔をされながら頭を下げる。吉統殿も惟宗を攻めるべきだと考えられていたのだろうな。それか浅井から援軍を引き出すのは難しいと考えているか。だが主命となればなさねばならんだろう。

「それと景恒。大樹のもとへ行き反惟宗連合の再結成を求めよ。惟宗が再び幕府を滅ぼそうとしている、立つならば今しかないとな」

「はっ」

厄介な。ここで大樹が動かれると思っておられるのだろうか。いや、動くかもしれないが勝てないだろう。亡き宗滴様が死ぬ間際まで守ってきた朝倉家はどうなるのだろうか。


――――――――――1571年7月20日 小谷城 浅井長政―――――――――

「援軍だ!すぐに朝倉殿を助けるため援軍を出すべきだ」

父上の言葉に多くの家臣が頷いている。頷いていないのは赤尾・海北・遠藤ぐらいか。困ったものだ。父上の惟宗不信は一体どこから来ているのだろうか。

「父上、援軍と言われましても難しいですぞ。今回は義兄上の力を借りることはできないでしょうし惟宗はその気になれば今の倍以上の兵を呼ぶことができます。そうなれば数で押し切られるのは目に見えています」

「こちらに攻めてくるころには織田がこちらに兵を送る余裕ができているはずだ。それに今なら朝倉殿の兵を加えれば十分戦える。再び反惟宗同盟を作り出せば勝てるぞ」

現実を見えていない。以前より反惟宗派の者たちが減っているというのに再び反惟宗同盟を作り出しても意味がない。

「そもそも我らに惟宗と敵対する理由はありますか。先の戦では反惟宗につきましたが敵対する理由はないと思うのです。先の戦で惟宗に押されて和睦を求めた幕府の権威は以前より落ちたと言っていいでしょう。あの惟宗とはいえあれほどの大名を動かしておきながら惟宗から寸土の土地を奪うことはできずむしろ押されっぱなしだった。そのような幕府の権威を誰が認めるというのですか。そしてそのような幕府についていく理由はありますか」

先の戦では惟宗の方が不利だと考えて義兄上と手を組んで反惟宗になった。しかし今は無理だ。どの大名でもどれほどの大名が手を組もうとも惟宗に勝つことはできないだろう。父上たちには隠しているが大樹から惟宗討伐の密書を受け取っている。だがこれ以上浅井を危機にさらすわけにはいかん。

「確かに先の戦で幕府の権威はずいぶんと落ちた。しかし果たして惟宗は信用できるのか。幕府をないがしろにするような輩だぞ。越前を奪い取った後は間違いなくここに攻めてくるその時にどうやって抵抗するというのだ」

「その時は加賀の一揆を使います。惟宗も加賀の一揆が越前に攻め入ってくれば近江どころではなくなるでしょう。そこで惟宗に降れば本領は安堵されるでしょう。我らが最も優先するべきは御家の存続です」

「それくらい分かっておるわ」

「ならば惟宗につきましょう。朝倉の援軍要請など無視するべきです」

「これを見てもか」

そう言って父上が懐から書状を取り出す。

「これは大樹からの密書だ。すでに大樹は織田・徳川・武田の問題解決に手を付けられている。あと数日もすれば織田も兵を動かせるはずだ。そしてこの密書には惟宗討伐と朝倉へ援軍をと書かれている」

しまった、まさか父上にまで密書を出していたのか。

「これでもお主はまだ惟宗と手を結ぶべきというか」

「はい、当然です。反惟宗のままでは滅びを迎えるだけです」

「そうか。出来ればこのようなことはしたくなかったがお主はもう浅井の当主ではない。これよりは儂が当主に戻る」

「なっ、父上何を言われますか」

「うるさいわ。誰か長政を捕らえよ」

父上がそういうと多くの者が立ち上がりこちらに近づいてくる。赤尾・海北・遠藤らは私を守るように動くが数の差はどうしようもない。

「父上、このままでは必ず滅びますぞ」

「ええい、うるさいわ。捕らえたら京極丸に幽閉しておけ」

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