次の戦に向けて
―――――――――1570年9月1日 二条城 大舘晴光――――――――――
「それで織田・浅井・朝倉はどうしておる」
「織田殿は北畠が織田領に侵攻してくるよう様々な噂を流しています。それと長島に移った顕如上人と連絡を取り合っています。おそらく一揆を利用して北畠領を攻めるのではないかと。浅井殿は長く領地を離れていましたので今は領民たちの慰撫に専念しています。朝倉殿は加賀の一揆が動き出さないか心配なようで今はまだ動く気配はありません」
「ふん、せっかく余が和睦の仲立ちをしてやったというのに。所詮は農民の集まりか。朝倉もそのような者たちを相手にせねばならんのだから大変だの」
和田殿の報告に大樹が不満そうな顔をされる。次に何がきっかけで惟宗と戦になるか分からない。それ故周りの情勢を調べさせているのだが今のところ織田殿が北畠と敵対しようとしているということぐらいしか大樹にとって都合のいい話がない。織田殿がどのような手を使って北畠を滅ぼすつもりか分からないが織田殿が自ら和睦を破ることはないだろう。あの人は人からどのように思われるかをことのほか気にされていた。
「武田と上杉はどうしておる。あれが織田と手を組んで上洛して来れば今回のようにすぐに惟宗に京を奪い返されるようなことはなかろう」
「上杉殿ですが北条と和睦をしたため今は越中攻めを行っています。越中は一向一揆やそれに近しい者たちの力が大きいため本願寺と上杉との関係が悪くなるかと」
「確か戦を始めたのは椎名が武田と通じたからだったの。厄介な」
せっかく織田・武田とともに惟宗に対抗できる勢力の一つだったというのに本願寺と不仲か。このままでは最悪の場合、惟宗と手を結びかねないな。
「いちおう惟宗討伐の密書を書いておくか。武田はどうだ」
「武田殿ですが織田殿の同盟者である徳川と旧今川領をめぐって小競り合いが続いています。近いうちに大規模な三河侵攻が行われるかと。そうなれば織田殿も北畠どころではなくなるかと」
「ちっ、おのれの領地を広げることしか興味がないのか。せっかく惟宗が本願寺を焼き討ちにしたことを天魔ノ変化とまで言って非難していたというから見どころがあると思っていたというのに。源氏の名門とはいえ所詮は田舎武者か」
「しかし顕如上人の正室は信玄の継室の姉です。本願寺とともに惟宗と敵対するでしょう」
「だとよいのだがの」
しかし武田は北条とも戦をしていたと記憶しているが。北条とも戦をしながら徳川と戦か。それ相応の国力がないとできないことだろう。武田と織田が組めば惟宗を潰すことができるかもしれないな。
「そういえば武田は北条とも戦をしておったのではないか。よし、余が北条と武田の和睦の仲立ちをしよう。そのうえで織田とともに上洛するよう呼びかけるのだ。大舘、すぐに武田のもとに向かえ」
「はっ」
――――――――1570年9月20日 春日山城 上杉景虎―――――――――
「惟宗討伐か」
義父殿が書状を見て深く溜息をつかれる。隣にいる義弟をちらりと見るがいつものように無表情だ。こいつはいつになったら表情が動くのだろうか。いまだにまともに表情が動いたところを見たことがない。しかしこの義弟が義父殿に話しかける様子はないな。仕方ない、私が話しかけるか。
「義父殿。いかがされましたか」
「大樹からの御内書だよ。惟宗を討伐せよとのお達しだ」
「しかしついこの間和睦が成立したと聞いていますが」
「諦めていないだろうね。まったく、少しぐらい考えれば無理なことぐらいわかるだろうに。だいたい本願寺派と敵対している上杉に本願寺を焼いた惟宗を討伐せよと言われてもね」
そういうと義父殿は再び溜息をつかれる。この姿は世間で言われるような軍神だとか義の将という評判とはかけ離れたものだろう。こちらに来たときはずいぶんと驚いた。
「上杉と惟宗の間には越中・加賀・越前がある。越前はまぁ朝倉が協力して来れば何とかなるだろうが越中は無理だろうね。顕如が動いたとしても信用できない。加賀も同様だ。それに私が越後から離れれば武田が動き出すだろう。君の前では言いにくいが北条も信用できない。第一、今回の反惟宗の動きを見て分かったが惟宗との戦はかなり長引く。上杉は雪で越後への道が閉ざされる前に戻らなければならなくなる。無理な相談だよ」
「しかし義父殿であれば可能なのでは?なにせ軍神ですから」
少しふざけていってみるが義父殿は少し顔をしかめられた。
「それもあんまり好きじゃないんだよね。そう言っておけば勝手に敵が怖がってくれるから否定してこなかったけど。だいたい本当に軍神であればとっくの昔に小田原城を落として関東を制圧しているよ」
「・・・御実城様は義の将と言われていますが」
ようやく義弟が口を開いた。
「おっ、やっと口を開いたか。しかし義の将というのもねぇ。武田に塩をくれてやったとかいう話であればただ高く売れそうだったから塩止めをしなかっただけだし。関東管領も内側から崩れそうになった長尾をまとめる為に関東管領の職が必要だっただけだ。私欲で戦をしないといったのも私欲で戦をしていてはきりがない、そんなことをしている暇と余裕があったら領内の発展に尽くした方がよっぽどいいだけだ。それこそ惟宗のようにね」
確か惟宗も領内を発展させて対馬の弱小大名から天下一の大大名に成長した。戦ではほとんど負け知らずで領内を発展させている。どこか惟宗国康と義父殿は似ているな。
「それで大樹への返事はどうしますか」
「無視でいいだろう。どうせ惟宗も気付いているはずだ。面倒事には巻き込まれたくないよ。それより今は越中攻めの準備だ」




