本願寺降伏
――――――――――――1570年8月10日 尼崎城―――――――――――
「では和睦ではなく降伏をしたいということだな」
「はい。顕如上人はすでに降伏をする決意を固められました。他の者たちもすでにその御判断に従うと言っております」
俺の言葉に下間頼廉が頷く。しかし全く信用できないな。どうせこのままでは負けるしかないと思って時間稼ぎのために和睦をしようとしたら断わられてしまった。だから降伏という形にしようと思ったのだろう。だいたい反対している者がいないわけがないだろう。
義昭との和睦は少し難航したがおおむね俺の要求を義昭が認めて成立した。京に置く兵は5000から3000になったが問題ないかな。義昭は波多野ら丹波衆とも和睦をするよう言ってきたが断った。京の北側を抑えておきたかったし、宇津が皇室御領を押領していることで戦を仕掛ける口実があるのだ。義昭の味方を減らすためにも丹波衆との和睦はなしだ。丹波衆の扱いをどうするか幕府内でもめたらしいが最終的には朝廷が俺の言い分を認めるようにと言ってその話は終わった。朝廷としては皇室御領を取り戻してくれるのだから宇津を庇う義昭より俺の方を支持するのは当たり前だな。和睦が成立した後は一部の兵を除いてすべての兵を摂津に集めた。すでにここは9万近くの兵が囲んでいる。これだけ集まれば降伏と言ってくるのも仕方ないな。あとの兵は河内で戦の準備をしている三好に備えとして置いている。たぶん高政を攻めるつもりなのだろうが念のためだ。
「ほかの者たちも顕如の意思に従うと言ったな。確か石山には徹底抗戦を唱えている輩も少なからずいると聞いているが」
「それは必ずや抑えて見せまする」
「しかし抑えられるかな。顕如の嫡男がその筆頭らしいではないか」
「たとえ顕如上人の御嫡男であったとしてもです」
「そうか」
まぁ、間違いなくすぐに敵対するだろうな。一向一揆の一大拠点である長島と加賀はまだ健在だ。今回の戦で本願寺と織田が結ぶ可能性があることが分かった。本願寺は武田とも縁を結んでいる。そのうち織田・武田・本願寺を中核にまた反惟宗同盟を結成するだろうな。そこには間違いなく義昭も絡んでくる。今回の和睦は何年持つかな。2年か3年か。まぁ、お互い大量の兵を1年間も動かしていたのだ。俺や織田なら何とかなるだろう。銭で雇った兵が多いからな。だが他は農民兵が中心だから1年間はきついだろう。今年の収穫はどうなっていたのかな。少なくとも今年は戦ができないだろう。浅井なんてかなり最初の方からずっと戦をしているからな。国人たちの不満も大きいだろうな。
「それでは条件を伝える。一つ1月以内に石山から退去すること。一つ今回の戦に参加したすべての僧侶の領内からの追放。一つ1万貫の銭。一つ雑賀衆・円月の引き渡し。取り敢えずはこんなものだろう」
石山からの退去は予想していただろうな。俺が戦を始める前から言っていたことだ。
「1万貫もですか。それは・・」
「もちろんすぐには無理だろう。だからそれを行うという証文だけでも良い。もしそれが不可能であれば加賀・長島も退去せよ」
形に残しておけばもし行われなかったとしても信用されなくなるのは本願寺だ。払わなかったら俺が加賀・長島を攻める口実にもなるな。
「雑賀をそちらにということは頸をはねられるおつもりか」
「まだ紀伊では雑賀衆が秋高の支配に抵抗しているからな」
いちおう惟宗の兵を貸しているがなかなかうまくいっていない。まぁ、義昭との和睦が成立したことで高政を攻めていた兵を紀伊平定に使うことができる。今年中には終わるだろう。
「しかし雑賀衆は我ら本願寺が雇っただけにございます。それを処罰するというのは。円月も本願寺のに僧ございます。せめて惟宗領からの追放にしていただきたく」
「ほう、まさかとは思うが追放した後は長島や加賀に行くことはないだろうな」
「もちろんにございまする。我らはそのようなことを指示するつもりはございません」
指示はしないね。自分の意志で行くかもしれないということか。
「認められないな。必ずこちらに引き渡せ」
「・・・はっ」
しぶしぶというように頼廉が頭を下げる。雑賀衆は本願寺かここまで持ちこたえられた理由の一つだ。これからも惟宗と戦ううえで重要な戦力になるだろうから手放したくはなかっただろう。これで徹底抗戦派が勢い付くかな。俺としては内部分裂してくれるならそれでもいいんだけど。確か史実では徹底抗戦派の教如が一時的に石山を占領していたはず。教如は13歳。この歴史ではどうなるかな。
「この条件の返答は7日以内とする。それ以上かかった場合は総攻撃を開始する。それまでに返答してくれよ」
「かしこまりました」




