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紀伊

―――――――――1570年5月10日 鳥屋城 畠山政尚―――――――――

「お初にお目にかかる。惟宗国康が家臣、小早川隆景にござる」

「救援かたじけない。畠山尾州家が当主、畠山秋高にございます」

そう言ってお互いに頭を下げる。上座には誰も座らない。すでに我らは惟宗に降っている。そのため隆景殿が上座に座っていてもおかしくないのだがどうやら遠慮されたらしい。

しかし隆景殿が座られないのであれば弟が上座に座るかと思ったがそれもないらしい。臆病な性格ゆえかここで惟宗の援軍を怒らせることがどれほど悪手か分かっている。兄上であったらすぐに上座に座っていただろうな。あの人は名門意識が強い。家格が下の者に頭を下げることはしないだろう。その点、弟が親惟宗派であってよかった。臆病なのは将としてよくないが家を存続させるにはちょうどいいだろう。

「しかしまさか2万もの兵を送っていただけるとは。それも安芸攻めに加わっていた精鋭と隆景殿ほどの名将を」

「某は名将などではございませぬよ。それに惟宗に味方している勢力は少ないですからな。数少ない味方を見捨てたとなれば何と言われるか」

「かたじけない。2万もの兵がいればすぐに兄に勝つことができるでしょう」

「そのことですが紀伊を平定した後には一部の兵を除いて我らは陸と海から伊勢に攻め込ませていただきます」

「伊勢に?」

どういうことだろうか。紀伊を平定した後は和泉の兵とともに河内に攻め入り京を奪還するものだと思っていたが。まさか紀伊の我らを囮にするつもりか。

「河内の高政を支援しているのは織田と松永です。松永の方は筒井を使って大和に釘づけにしていますが織田は多くの兵を持っている。この状態で2万の兵で河内に攻め入るのは下策でしょう。それよりまずは織田を退かせねば。そのためにも伊勢に攻め入るのです」

「なるほど。織田さえいなければ本願寺も朝倉も浅井も大樹も恐れるほどではございませぬからな。伊勢を通って本拠地の尾張を攻められるのですね」

「えぇ。織田も尾張を攻められていると知れば少なくない兵を送らねばなりませんからな。伊勢に攻め込めば北畠も蜂起しましょう。近江を攻められて退路を断たれる可能性もある。河内に援軍を送る余裕は必ずやなくなるはずです。河内攻めはその後に」

「分かり申した。それと領地の事ですが」

そうだ。弟が大樹を裏切ったのは河内を半国しか任されなかったこともある。領地の事は気になろう。

「それは某の口からは何とも。しかし熊野水軍がこちらに付くよう説得して頂いたのです。良い結果となるのではないでしょうか」

「左様ですか。それはありがたい」

援軍が伊勢に行っている間は不安だが一部の兵を置くと言っているし根来もいる。すぐに負けることはないだろう。


―――――――――1570年5月30日 若江城 三好義継―――――――――

「惟宗より書状が来た」

俺の言葉に皆が息をのむ。久秀の案を採用して直接は敵対していないが織田などが領内を通ることは黙認してきた。それに大和では久秀がいまだ抵抗を続けている。そのことを咎められては困る。

「書状にはもしこのままの立場を貫くつもりならば惟宗は降伏を認めないとのことだ」

「なんと」

「それでは久秀殿の案が」

「それよりすぐそばの摂津・和泉には惟宗が」

「攻めてこられて勝てるのか」

あちらこちらで皆が口々に話している。

「鎮まれ。書状には続きがある。もし惟宗に降伏するのであれば行動で示せと」

「行動ですか。具体的には」

教正が尋ねる。他の者たちも不安そうにこちらを見る。無理難題を吹っ掛けれるのではないかと思っているのかもしれん。

「河内の畠山高政を攻めよとのことだ。それをもって降伏とみなすと」

「無茶な。惟宗は我らに滅べというのか」

教正がそういうと他の者たちも口々に悲観的な言葉を吐く。そうだろうな。いま高政を攻めれば背後から織田が攻めてくるだろう。そうなれば織田と高政に挟撃される形になる。第一、兵の数が足りない。高政は織田の援助を受けているため兵の数は約8000。それに近々和泉攻めがまた行われるためそれなりの兵が集まりつつある。対して我らはどんなに頑張っても5000を集れるかどうか。攻め込まれたらある程度は抵抗できるだろうが攻め込むことは無理だ。

「殿、いかがされますか。大樹からも和泉攻めに加わるよう再三の御内書が届いていますが」

「和泉攻めか畠山攻めか」

和泉を攻めたところで和泉には4万の兵がいる。そう簡単には勝てないだろう。その間に高政が敗れたり摂津が制圧されたりしてここを攻められてはあっという間に落とされるだろう。摂津の惟宗は本願寺を攻めているがそこまで本気ではない。一部の兵を河内に向けることはできるだろう。紀伊の兵を一気に河内に攻め込ませることもできる。かと言って畠山攻めを行えば織田が攻めてくるだろう。世間の評判もまた大樹を裏切ったと後ろ指をさされるに違いない。それに松永をどうするかという問題もある。本人は切り捨てていいと言っていたがそんなことをしてはいまいる家臣たちの信用を落とす。だいたい、家臣たちの仲もあまりよくない。切支丹の教正と反切支丹の綱知は犬猿の仲と言ってもいいくらいだ。そのような状況で戦をしてはろくなことにならんだろう。

「とりあえず表向きは俺は病でそのせいでどちらも攻めることはできないということにして時間を稼ぐ。それでいいな」

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