波多氏滅亡
―――――――1538年9月2日 波多城 渋江公親――――――
「公親殿、よう無事でありました。公親殿まで亡くなられていては父になんと言ってお詫びすれば良いか」
「まこと、よう戻られました」
波多壱岐守盛殿と鶴田直殿が無事に戻れたことを喜んでいるが儂は嬉しくない。あの幼い当主に会った時は、あのような役目を命じられるとは思いもよらなかったわ。
「して、和睦の条件は?」
「はっ、こちらになります」
懐から手紙を差し出す。それを小姓が受け取り盛殿に渡す。手紙を広げて読み始めたがだんだんと顔が赤くなってきている。
「なんだこれは?!このような条件認められるかっ」
盛殿が怒鳴り手紙を捨てた。直殿がそれを拾い同じようなことを言いながら皆に手紙をまわしていく。
「公親殿、なぜこのような条件を認められたのだ」
そのようなことを言われても和睦の内容は何も聞いておらんわ。
「申し訳ございませぬ。ただその手紙を渡せと言われただけにございますので交渉のやりようがありませんでした」
「では、これは宗が勝手に言っているだけだということですかな」
「左様です、直殿。交渉をし直して来いと言われるのであれば行ってきますがいかが致しますか」
儂がそういうと皆が目を逸らし沈黙する。負けたのだから仕方ないと思っているのか。儂が交渉に行ってよりひどい条件になると思ったのか。おそらく後者であろう。
壱岐でも感じたことだがどうも儂は無能であると思われているようだ。御家騒動を起こして最後は養子に行った兄に領地を奪われた愚か者。否定はしないが皆に伝えていないことがある。父上と兄を殺したのは確かに儂を殺そうとした兄の乳母だったがそれに気づいていなかったわけではない。だが早く当主になりたかったためそれを利用し兄を殺した。父上まで死んでしまったのは想定外だったが家督を継げたので結果的には良かったと思う。これでやっと自分の思い通りに出来ると思ったのだが後藤に養子に行った一番上の兄が邪魔をしてきた。兄が攻めてこなければ儂が渋江の当主として有馬や大村と同じように肥前の有力国人としてふるまえただろうに。宗の力を利用すれば後藤の兄に仕返しができるだろう。宗の当主はまだ幼いのだ。領地に復帰できれば波多に領地を取り戻してもらうより自由にできるだろう。まずは後藤の兄、そして父の力で領地に復帰したにもかかわらず儂の領地復帰の手助けをしなかった大村をつぶす。さすれば宗とも対等になれるだろう。そのあとはどうするか・・・
「渋江殿はこの和睦をいかがお考えかな」
「まだ条件を見ておりませんので何とも言えませぬ」
「おや、そうでござったか。見せてやれ」
小姓が先程渡した手紙を返した、どれどれ。
一つ、波多は大内と縁を切ること
二つ、波多は宗に人質を出すこと
三つ、今後海賊行為は行わないこと
四つ、今後朝鮮との貿易は宗を通して行うこと
五つ、波多は宗より養子をとりその子を嫡子とすること
六つ、壱岐から手を引くこと
なんだこれは。和睦をするつもりがないとはいえこのような条件はないだろう。
「このような条件はあり得ませんな」
「そうでしょう、しかし宗に勝つことはできると思われるか。この中では渋江殿しか宗と戦われていない」
「恐らく正面から戦っては無理でしょう。われらの兵はせいぜい800ほどですが宗は1500は出せるはずですので。地の利があるここで戦うであれば勝てるかもしれませんがわざわざ壱岐を攻めて取り戻すということは難しいかと」
「つまり壱岐をあきらめろと申されるか」
「左様です」
「あり得ませんな。壱岐は先々代が苦労して攻め取り先代が命を懸けて守ろうとした場所。そこをあきらめることはできるはずがありません」
「そうじゃ、そうじゃ」
「先代の仇うちじゃ」
「殿、宗を攻めるべしとのご命令を」
「殿っ」
なんだこやつら。どう考えても勝てるわけがないだろう。それともこれは何かの策なのか。どんどん皆が騒がしくなる。
「鎮まれっ」
盛殿が立ち上がり一喝する。
「父上を殺した宗とは和睦をするつもりはない」
「「「おぉ」」」
「皆、戦の準備をせよ」
「「「はっ」」」
皆が頭を下げ盛殿が部屋に戻る。おや、直殿がこちらに来られる。
「公親殿、盛様がお呼びです。このあと盛様の自室の方へ」
「分かりました」
さて、自室に呼ばれたわけだが一体なんのようなのであろうか。やはり宗の軍備のことであろうか。波多の士気は高い、籠城であればある程度は耐えることはできそうだ。ふむ、ここはひとつ宗ではなく波多に付くかな。宗からの命はあまり喜んでやろうとは思えんしな。
「公親様、公親様」
考え事をしながら歩いていると城番のものが走り寄ってきた。
「いかがした」
「宗勢約1200が唐津より上陸いたしました」
ついに来たか。ここで儂が宗を裏切り波多に味方して果たして勝てるだろうか?おそらく今回は勝てるだろう。しかしそのあとはどうだろうか。熊太郎の首を取ることができれば勝てるだろうが・・・
「それともうひとつ」
「む、なんだ」
尋ねた儂に城番がいきなり近づいてきて耳打ちをする。
「くれぐれも熊太郎様の命をお忘れにならないよう」
「ひっ」
な、なぜここに宗の手のものがいるのだ。まさか他にもいるのではないだろうな。儂が波多に味方すると踏んで先手を打って来たか。
「ご子息も我らと共に上陸しております。期待しておりますぞ」
つまり息子を人質に取られたということか。ここで宗を裏切っても儂は殺され、息子も殺されるだろう。くそっ、息子も連れてくるべきだったか。
「公親殿、いかがされたましたか」
気づくと目の前に直殿がいた。城番はもういない。
「いや、なんでもございません」
「しかし顔色が悪いようですが」
「先ほどそこで城番の報告を聞きましてな。1200の兵が上陸したとのことで」
「1200ですか?ということは宗は全力ではないということでしょうか」
「おそらく壱岐の統治のためにおいて来たのでしょう。それより直殿こそいかがなされたので」
「殿がお呼びです。できるだけ早くと」
「分かりました、すぐに参りましょう」
盛殿の自室に入ると部屋の主が悩ましげな顔をしている。そばには小姓が二人。直殿は部屋の外で待機されている。
「盛殿、お待たせいたしました」
「おぉ、公親殿でしたか。お待ちしておりましたぞ。宗が上陸したことはご存知で?」
「先ほど報告を受けました」
「ならば話は早い。我らはこれからどうすれば良いとお思いですか」
「まさか、なにも決めずにあのような啖呵を切ったのですか」
「お恥ずかしい限りですが」
少しは考えがあると思ったから先ほどまでどちらに着くか迷っていたというのに、これでは時間の無駄ではないか。
「それで、公親殿はどうするべきだと」
「あの場で啖呵を切ってしまった以上一度は戦をせねばなりませんな。その後大内様より和睦の斡旋をしていただく」
「やはり、大内様に頼るのが一番であると」
「一応我らは大内様と同盟を結んでおりますし、大内様の斡旋では他の家臣の皆様も納得されるでしょう」
「左様か」
また盛殿が考え込んでいる。そろそろか。
「ところで盛殿。実はまだお話ししていないことがございまして」
「ん?ほかになにか」
「その前にお人払いを、それから直殿を呼んでいただきたい」
「分かった、下がっておれ」
「「はっ」」
「直、聞いておったであろう。入って参れ」
「はっ、失礼いたします」
小姓下がり直殿が入ってくる。
「それでまだ話していないこととは」
「実は宗に囚われていた時に密使と思われる男を捕らえたのですがそのときに宗と何者かがやりとりしている手紙を手に入れました」
「つまりこの城に裏切り者がいるかもしれないと」
「はい、これがその手紙です」
懐から手紙を出す。それを盛殿に渡そうと近づく。今だっ!
「ぐっ・・・な、なぜ」
盛殿の胸には短剣が刺さっている。もちろん刺したのは儂だ。
「し、公親殿、一体何を」
「御免」
狼狽する直殿を刺す。これで儂の仕事は終わりだな。あとは返還された兵に紛れ込んでいた宗のものが勝手に進めるだろう。
「いや、流石ですな。公親様」
「だ、誰だ?!」
後ろから声がして振り返ると先ほどの城番がいた。一体いつの間に入って来たのだ。
「静かに、そのような大きな声を出しては気づかれてしまいますぞ。これでも飲んで落ち着いてくだされ」
そう言って城番が懐から水筒を取り出して渡して来た。
「我らに伝わる秘伝のものです。すぐに落ち着くことができますよ」
「かたじけない」
水筒を受け取り飲む。妙な味のする飲み物だな。
「公親様、ご子息のことは我らにお任せしていただき、そのままお休みください」
「それはどのような意味で・・・ぐはっ」
視界が急にぼやけてきた。思わず倒れて吐血した。
「ら、らにを」
下が痺れてきたからか呂律が回らない。
「我ら大江流秘伝の毒ですよ。すぐに体中に毒がまわり死に至ります。公親様は己で何事も決めたかったようですが我らが欲しいのは我らにのみ従うものですので。あぁ、ご安心を。先程も申し上げましたがご子息は我らが立派な宗の家臣として育てて潮見城にお戻しいたします」
視界が悪くなってきた。くそっ、ここで死んでしまうのか。まだ死にたくない。ま、だ・・・




