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根来衆

―――――――――1570年3月1日 石山本願寺 顕如――――――――――

「まずい、まずいぞ」

そう言いながら部屋をうろうろする。このようなことをして状況がよくなるわけではないが何かをしていないと落ち着かん。

「顕如様。落ち着いてくだされ」

重秀が心配そうにこちらを見る。だがそれが妙に癪に障る。

「これが落ち着いていられるか。惟宗はすでに播磨を制圧して摂津に兵を進めようとしているのだぞ。織田も和泉の惟宗を攻めあぐねている」

「しかし兵の数では織田が勝っております。今年中には和泉を制圧するでしょう」

「その間に惟宗の援軍が向かえばどうなる。安芸の一揆も制圧されかけている。頼照や頼廉、例の策を考えた円月などはこちらに戻ってこられたが2万の兵が本隊に合流したのだぞ。そこから和泉に援軍を送れば兵の差は縮まる。織田もそう簡単には戦を仕掛けることはできないはずだ」

山名も15000の兵に攻められて滅亡寸前だ。山名が終われば次は一色だろう。大樹や織田も京の北を取られるのは気に入らないだろう。少なくない兵を送るはずだ。そうなれば摂津や和泉に送る兵も少なくなるだろう。我らはより一層厳しくなる。前から播磨への援軍を求めていたが和泉の惟宗への対応と大樹が送ってきた摂津は本願寺の存念次第という書状を理由に援軍は送られてこなかった。自分たちの事は自分たちでせよということだろう。織田はいちおう大樹の味方をしているが我ら本願寺の味方をしているわけではない。三河で同盟者の徳川が一揆に苦しめられたのを覚えているのだろう。それに長島が我らの影響下に置かれているのが気に食わないのだ。このままでは本願寺は力を失い高田派などが力を増すだろう。それはまずい。どうにかして勢いを取り戻さねば。

「重秀、ここに籠る準備は出来ているか」

「兵糧は惟宗が播磨を制圧する前に摂津の国人たちが送ってきましたので問題ございませぬ。火薬も1年以上は持つでしょう。門徒たちも続々と集まってきています。伊勢からも来ましたので5万以上にはなるでしょう」

「5万か。惟宗は6万を動かすだろう。籠城するだけであれば何とかなるな。だが播磨は計5万近くの門徒が動いたが惟宗に負けた。果たして大丈夫だろうか」

「心配無用にございます。この石山は難攻不落です。6万だろうと10万だろうと耐え抜いてごらんに入れましょう。それに織田とて摂津を取られたくないはずです。援軍を送ってくるでしょう。それとともに惟宗を追い払えばよいのです」

「そ、そうだな。任せるぞ」

「はっ。お任せくだされ」

戦のことは坊主より重秀のようなものの方が分かっている。任せればよかろう。


ドーン


「な、何事だっ」

「まさか大筒?誰か、誰かおらんか。すぐにどこから放たれているか、だれはどれほどの損害が出ているか調べよ」

重秀が指示をしている間にもなんども大きな音がする。

「失礼いたします。海より大筒で攻撃されています。それも船ばかりを狙って」

「すぐに避難させよ。船がなくなれば兵糧を運び入れることもままならんぞ」

「はっ」

重秀の指示で坊主たちが慌ただしく動く。

「顕如様、皆の前に参りましょう。今の音で門徒たちは不安に思っているはずです。顕如様のお姿をみれば落ち着きを取り戻しましょう」

「う、うむ。そうだな」


――――――――1570年3月20日 岸和田城 惟宗康正―――――――――

「お初にお目にかかります。津田算正にございます。今回は杉乃坊を代表してご挨拶に参りました」

「惟宗国康が家臣、惟宗康正だ。面をあげよ」

「はっ」

私に促されて顔をあげる。杉乃坊というと根来寺の子院の一つだな。ということはいちおう坊主なのだろうがその顔は坊主というより武士だな。周りの諸将も妙な顔で算正を見ている。

「それで今日の要件は何かな」

「はっ。我ら杉乃坊には国康様と敵対するつもりはございませぬ。これよりは惟宗の指示を聞く用意ができているということをお伝えに参りました」

「では本願寺には味方しないということでいいな」

「左様にございます」

杉乃坊が属している根来寺は寺領を70万石も持つ大きな寺社だ。それに鉄砲を多く持つことで知られている。ここで本願寺や大樹につかれてはかなり厄介なことになるだろう。慎重に対応しなければ。

「確か本願寺に手を貸している門徒の中には根来衆の者もいたと思うのだが。それとは関係はないのか」

「いちおう同じ根来寺に属しているという意味では関係はあるでしょう。しかし我らは傭兵です。同じ根来衆同士で敵対することなどよくあることにございます」

「では根来寺としてはどう動くつもりなのだ」

「これまで通りのつもりですが」

これまで通りということは各地の大名に雇われながら戦を続けるということだろうか。そのようなことを兄上が認めるだろうか。そもそも寺社が力を付けることをあまり望まれない方だ。70万石もの寺領を持つ根来寺など警戒すべきもの以外何物でもないだろう。場合によっては根来寺の者が本願寺に雇われたという一点で根来寺の寺領の没収を命じるだろう。迂闊なことは言えない。

「御屋形様に尋ねなければ何とも言えないがおそらく御屋形様は根来寺の事をよくは思っていない。正確に言えば力の大きい寺社をだ。本願寺に雇われたものもいるようだな。根来寺は本願寺に味方していると御屋形様は考えておられるかもしれん。場合によっては焼き討ちということも考えておろう」

私が焼き討ちというと算正だけでなく周りの諸将も驚いたように声をあげる。

「なんと。そんなご無体な」

今までであれば根来寺のなすことを咎める者はいなかっただろう。紀伊は守護の力は大きくない。そのせいで雑賀や根来など小さな勢力が多くいる。その守護である畠山秋高が紀伊で戦っているようだが織田の援助を受けた高政に押されている。惟宗も秋高に銭の援助を行っているがこのままではまずかろう。

「そこでだ。お前たち杉乃坊が本当に惟宗に対して敵対するつもりがないのであれば根来寺を離れて惟宗の傘下に入らぬか。領地もそれ相応のものを用意してもらえるよう私から口添えをする」

「いや、しかし」

「もちろん信仰を捨てよという訳ではない。真言宗を信じたければ好きにせよ。ただし根来寺を焼くことになった際はたとえ先鋒を任されてもやり遂げねばならん。ま、それは御屋形様次第だがな。たとえ焼き討ちにされても時がたってから私から再建を願い出よう。寺領は今ほどではないだろうが復興はできるはずだ。どうだ、惟宗に仕えてみないか」

「そ、その儀は某の判断だけでは何とも言えませぬ。一度持ち帰らせていただきたく」

「いいぞ。こちらも御屋形様に根来寺の扱いについて尋ねなければならんからな。お互い時間が欲しい」

「ではそうさせていただきます」

そう言って算正が下がる。どうするだろうか。意見は割れるだろうな。時間もかかるだろう。

「多聞衆、すぐに和泉・紀伊・河内・摂津・山城に杉乃坊が我らについたとの噂を流せ。あれが敵についたら困る。他の道を断つのだ」

「はっ」

さて、兄上に今回の事を報告せねばな。今回の沙汰が良かったか確認せねば。

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