宇喜多直家
―――――――――――1570年1月10日 御着城――――――――――――
「織田が上洛したがどう思う」
「さて、どうでしょうな。織田も天下を狙っているように見えますので好機だったのは間違いないでしょう。ここを逃せばあとは御屋形様の天下になるのは目に見えておりますので。ですが本願寺ともうまくいきそうにないので当分は京にいるのではないでしょうか。和泉にも主力は浅井や山城の国人衆・松永ぐらいのようですし。天下を狙うのであれば本願寺にはさっさとつぶれてほしいでしょうな」
俺の問いかけに側にいる直家が答える。何でだろうか、内容は別にしてどうも胡散臭く感じてしまう。やっぱり人付き合いで第一印象って大事だな。
西播磨を制圧して残るは別所だけとなった時に宇喜多が兵を集めているという知らせが来た。本願寺とも手紙でやり取りをしていると聞いていたからやっぱり寝返っていたかと思ったがそうではなかった。宇喜多の使者曰く直家の病は快癒したのですぐに直家が兵を率いて援軍に向かいたいとのことだった。正直俺を暗殺しに来たのかと思っていたが年が明けても殺す気配はない。もしかしたら毒を少量だけ盛っているのかと思ったが特に体調は悪くなっていない。多聞衆に監視をさせているが特に動く気配はない。だがあの梟雄が何もしないとは思えない。なのでとりあえず直家を近くに置いて歩き回るようにしている。もしこれで俺が殺されたとしても直家を道連れに出来るようにするためだ。宇喜多の家臣も当主が近くにいれば暗殺をしにくいだろ。いちおう貞康は出来るだけ行動を別にしている。宇喜多を道連れにできたとしても当主と嫡男を同時に失うのはまずいからな。
「だがこのままでは俺が立て直すぞ。それを見逃すとは思えん」
「出来るだけ諸大名の力を削いで我らが立ち直る前に和泉を総攻撃するのではないでしょうか。そうすれば諸将は力を削がれ惟宗は多くの兵を失う。織田にとっては一番いい形です。そして畿内を安定させて天下を取る。そう考えているのでしょう」
「お前は天下に興味がないか」
「某の器に入るのはせいぜい備前だけです。天下など考えたこともありませんな」
「だがお前が動けば俺は九州に帰ることもままならんぞ。その気になれば山陰・山陽を混乱させることができる。頑張れば山陰・山陽を支配下に入れることもできよう」
「某は信用がございませんので。山陰・山陽を手に入れれたとしてもすぐに内より崩れましょう。過ぎたる望みは身を滅ぼします」
「では俺が日ノ本を望むのは過ぎたる望みかな」
「いえ、御屋形様であればむしろ慎ましいぐらいでしょう」
口は達者だな。本願寺と連絡を取っていたのはどちらが勝ってもいいようにということだろうな。俺についたということは直家は俺の方が勝つと見たのか。
「だといいのだがな。こうも一斉に大名が歯向かってきては不安になるわ」
「ご安心くだされ。惟宗の天下のため我ら宇喜多が盾となって御覧に入れましょう」
「そうか、期待しているぞ」
かなり胡散臭いけどな。それに盾になるって言ったが最前線は摂津・因幡・和泉・紀伊だろう。そういえば畠山秋高が兄と敵対して援軍を求めてきたな。畿内の情勢は予想とは違うことになっている。織田は上洛するし三好は反惟宗に参加しないし畠山は二つに割れるし。康正や貞康にはさも予想していたように振舞ってはいるが正直なところかなりきつい。浅井はそんなに長くは在京できないだろう。あそこはまだ農民兵だからな。いまはできても何年も続けばいずれガタがくる。問題は信長だよな。いま北畠を動かそうとしているがなかなかうまくいかない。俺が押されていると思われているからだな。なんとか今月中には播磨を制圧して石山を攻撃できればいいけど。しかし織田の参戦は予想外だったな。どうやら顕如が一枚かんできたらしい。もし惟宗を攻めないようであれば伊勢・尾張・美濃・三河・飛騨の門徒が北畠とともに織田領に攻め入ると脅したらしい。さらに武田も動かすと暗に言ったとか。それが本当に成功したら惟宗と戦うより面倒なことになりそうだな。織田も仕方なくといったところだろう。それに正確な情報が畿内に流れていないというのもある。
「失礼いたします。康胤殿より書状が届きました」
小姓が入ってきて書状を差し出す。受け取ってすぐに開く。
「康胤殿はなんと?」
「因幡を制圧したようだ。これから但馬を攻めると」
「おぉ、それはおめでとうございます。播磨も残すは明石郡・加古郡・美嚢郡・多可郡・加東郡・加西郡です。康胤殿が但馬を制圧する頃には我らも終えていましょう。あとは摂津を制圧すれば本願寺は終わったも同然にございます」
まだ先は長いように感じるが最初の頃に比べればだいぶ好転したかな。まぁ、その代わりにかなり大きな敵が出てきたが。
「だがやはり問題は織田だな。惟宗と同じ銭の兵を使う。どうにかして美濃か尾張に帰ってほしいのだが」
「武田を動かしますか」
「武田は今は北条にかかりきりのはずだ。それに万が一動くことになっても本願寺が抑えるだろう。上杉も動くはずがないし。朝倉も義昭の命令で兵を率いて上洛するようだ。その兵と京にいる織田・浅井の兵6万を使って和泉へ総攻撃だろうな。厄介なことだ」
加賀の一揆を朝倉に攻め込ませる作戦はうまくいかなかった。そのせいで朝倉も一部の兵を若狭平定に向かわせて抵抗を続けていた国人たちを滅ぼした。だが生き残りがこちらに逃げてきた。とりあえず銭で雇うことにした。復帰を約束すればよく働いてくれるだろう。若狭は石高でいえばそこまで大きくはないがいい湊がある。そこは押さえておきたいな。
「そういえば三河の徳川が以前一向一揆に手間取っていたと記憶しておりますが。そこをつついて織田と敵対させるのはいかがで」
「無理だろう。武田が遠江にも手を出そうとしている。武田と敵対しながら織田ともという訳にはいかんだろう」
「それもそうですな。ではさっさと播磨を制圧して和泉に援軍を送らねばなりませんな」
「そうだな。そろそろ広島城の方も飢えで籠城もままならなくなるだろう。康胤と康正の方の戦場が中心になるな」
広島城は鑑信が奇襲・夜襲を仕掛けてきたようだが成幸が奇襲にかなり警戒していたおかげで一度も成功しなかったようだ。むしろ隆景が罠を仕掛けて多くの被害を負わせていたとか。成幸にとってみれば鑑信は同僚の仇だ。やる気も出てくるだろう。
「我らも負けてはおれんぞ。一月で播磨を制圧する。宇喜多には先陣を務めてもらうぞ」
「ははっ。存分にお使いくだされ」
信用できないけどしっかり使わせてもらうよ。そしてバカみたいな被害を受けて惟宗なしでは立ち直れないくらいになってくれ。




