信長上洛
――――――――1569年11月30日 槇島城 大舘晴光―――――――――
「面をあげよ」
「「はっ」」
大樹が促すと信長と長政が顔をあげる。
「此度は余の呼びかけによう応じてくれたな。感謝するぞ」
「いえ、幕府を己がものにしようとする者がいてはなりませぬ。幕政は大樹が執られてこそにございます。某はその御手伝いをしただけにございます」
「よう言った。惟宗は上洛前から天下が治まるのであれば征夷大将軍がだれでもよいとまで言っておった。そのような輩に幕政など任せておけるか。これからも其の方らを頼りにしておるぞ」
「非才の身ではございますが義弟とともに大樹のために力を振るう所存にございます」
「楽しみよの。桶狭間にて今川の大軍を破りし織田と北近江の雄である浅井。これに朝倉・松永・三好・畠山・丹波衆・丹後衆が加われば惟宗など恐れるに足らず。和泉にいる3万もすぐに追い払ってくれようぞ」
久しぶりに大樹の顔色がよいな。挙兵してからは伊勢一族を襲うが既に逃げられた後。さらに藤孝・求政には挙兵と同時に惟宗に寝返った。そのせいで誰が惟宗に通じているのか、誰を信用していいのかと不安そうであった。特に三淵殿は弟の藤孝が寝返ったせいで随分と厳しい立場に追いやられた。だがここで希望が見えてきた。惟宗を倒し義輝公からの目標であった再び大樹が幕政を執り行う。今度は誰にも邪魔をされることはないだろう。浅井は幕政を己がものにするほど力を持っていない。織田は惟宗ほどではないが力はあるが惟宗という強大な敵を相手に取りながら大樹の権限を奪い取るほどの余裕はないはずだ。大樹をたてるという形で幕政に協力するだろう。それに惟宗が阿波公方を滅ぼしてくれたのがよかった。
「では我らは和泉にいる惟宗討伐の準備を行いますゆえ下がらせていただきまする」
「うむ、頼りにしておるぞ」
「「はっ」」
そう言って信長と長政が下がる。
「失礼します」
信長たちと入れ替わるように和田惟政殿が入ってきた。あまり顔色は良くない。何かあったのだろうか。
「いかがした」
「はっ。良い知らせと悪い知らせがございます」
良い知らせと悪い知らせ?なんだろうか。
「そうか、ではまず良い知らせから聞こう」
「はっ。よい知らせは宇喜多が兵を集め始めました。それと波多野ら丹後衆が惟宗派の赤井を攻め始めました」
「おぉ、ついに宇喜多が動き始めたか。宇喜多が動けば毛利も動き出そう。安芸・備前・備中・備後・播磨は完全に惟宗の手から離れるな」
「続いて悪い知らせですが安芸の一揆ですがほぼ制圧されています」
「なに!?広島城乗っ取りはうまくいったのではなかったのか」
「残念ながら広島城乗っ取りはうまくいきましたがそれは惟宗の罠でした。城内には兵糧はほとんどなく城も糞尿などの処理ができないなど欠陥を抱えた城でした。とても一揆勢が立てこもれるような場所ではございません」
なんということだ。安芸の一揆がおきたのは2か月も前だぞ。なぜそのような大事な知らせがこんなに遅れたのだ。
「それと播磨の一揆ですがすでに惟宗は西播磨の大半を制圧しました」
「では英賀もか」
「はい。大量の鉄砲・大筒を使って一気に制圧したようです。残るは別所だけです」
英賀は浄土真宗の拠点の一つだぞ。そう簡単に落ちるものなのか。いや、それより惟宗の動きが想像以上に速い。これはまずいぞ。
「それから四国ですが細川に代わってもそのまま四国平定を進めたようです。すでに四国と淡路は惟宗の支配下に入り、細川真之は城から逃げ出して潜伏していましたが落ち武者狩りにあい亡くなりました。その四国平定に使っていた兵は1万が和泉に残りは播磨に移るようです」
1万が和泉に。では和泉には4万の兵がいるのか。堺があることで兵糧にはそう困らんだろう。まずいな。敵が4万もいれば6万を従えていたとしてもうまくいくかどうか。
「義助はどうした。あれが惟宗につけば厄介ぞ」
「阿波公方様は惟宗に攻められて自害なされました」
よかった。阿波公方が生きていては大樹が仰るように厄介なことになっていた。惟宗の影響下に入れば義助を将軍にと言ってくるだろうし、よそに逃げ延びれば誰かに担ぎ上げられて大樹の邪魔をしてくるかもしれん。細川が滅んだのは残念だがよい方に考えよう。
「さらに惟宗は赤井攻めの手伝いをしてもらう予定でした山名を攻め始めました。国人衆も惟宗に付くものが多く押されています」
まずい。丹後衆と丹波衆だけでは赤井に勝てるかどうか。
「それと・・・」
「まだあるか」
「はっ。畠山殿ですが家が二つに割れました」
「は?」
「当主の秋高殿が惟宗と敵対することに反対しました。それで高政殿が重臣の遊佐を使って秋高殿を幽閉しようとしましたが失敗。秋高殿は紀伊に逃げ帰り兵を整えています。攻め入る先は河内にございます」
「ええい、せっかくうまくいっていたというのに高政は何をしているのだっ」
「さらに三好義継殿ですが病故出陣することはかなわないと」
「なに!?怖気づいたかっ」
「代わりに松永に兵を率いらせるとのことです」
なんということだ。ただでさえ惟宗と戦うには多くの戦力がいるというのに。畠山と三好は動かずか。
「おのれ。余を、征夷大将軍を何だと思っておるのだ。朝倉はどうしている」
「加賀の一向一揆が妙な動きをしているから動けないと。調べに向かわせたところ石山から朝倉を攻めよとの指示があったとか。それでどうするか揉めているようです」
「すぐに石山に確認をとれ。おそらく惟宗の謀略ぞ。そのようなことで時間を取らせるな」
「はっ」
いかんな、うまくいくと思っていたというのに。
「手間取らせよって。必ずや国康を余の前に跪かせてくれようぞ」




