反惟宗連合2
―――――――――1569年7月10日 二条城 細川藤孝―――――――――
「兄上」
評定が終わり皆が自分の部屋に戻ろうとしているところで私は兄の三淵藤英に声をかけた。先程の評定についてしっかりと聞かねば。
先程の評定で義昭様が各地の大名に惟宗討伐の御内書を送ったと話された。多くのものは書く前から知らされていたようだが私を含めて穏健派の数名は知らされてなかった。
「む、藤孝か。いかがした」
「いかがしたではありません。先程のあれはどういうことですか。いったいいつの間に惟宗討伐の御内書など」
「どういうことも何もない。大樹は惟宗が幕政の実権を自らが握ろうとしていると判断された。だから惟宗を討ち取るために各地の大名に惟宗討伐の御内書を配られたのだ。お主も正月に惟宗の使者が持ってきた殿中御掟の事は知っておろう。あのままでは惟宗が三好のように幕府を牛耳ることになるのだぞ」
なんと愚かな。国康殿は天下が落ち着くのであれば義栄様でも義昭様でもどちらでもいいと言った男なのだぞ。
「それは分かりますがだからと言ってすぐに討伐というのはいささか短絡的でしょう。世間で惟宗がどういわれているかご存知ですか。幕府の忠臣ですぞ。おそらく地方の大名たちも同じように考えているはずです。その惟宗を討伐せよという御内書が届いたら諸大名はどう考えるか御考えにならなかったのですか。間違いなく幕府の信用は地に落ちますぞ」
「いや、御内書にはしっかりと我らの正義を説いていた。信用が地に落ちるなど心配のしすぎだ」
「そう言われましてもあのような言い分で諸大名が本当に幕府に正義があると判断するでしょうか。惟宗が幕政を己が思うままにしようとしているというのも惟宗が九州探題以外の職についていないので信用されるでしょうか。殿中御掟も結局は義昭様は認められました。それなのに今さらそれを持ち出しても諸大名は大樹の事を信用しませぬぞ。惟宗を討伐したところで次は自分なのではと考えるやも」
「大丈夫だろう。例えば織田殿。織田殿は惟宗の次に功があったのにもかかわらず恩賞は草津に代官を置くことだけしか望まなかった」
「それは惟宗がそれほど恩賞を望まなかったからでしょう。一番の功労者は惟宗なのにそれ以上の恩賞を望めばどう思われるのか分かっているのです」
「とにかくすでに御内書は各地に送られたのだ。もう諦めよ」
そう言って兄はさっさと自分の部屋に向かった。いかん、このままでは幕府が。まさかこのまま幕府とともに私も終わるのか。いや、それはまずい。惟宗に近いものが幕府に必要だ。伊勢殿はいかん。あれは一度政所執事を解任されかけた時に惟宗が庇ったことで完全に惟宗の味方だ。それではいけないのだ。幕府と惟宗の間に立って両者がうまく回るようにしなければ。私がなるしかない。幸いにもよく惟宗との交渉を任されている。その伝手を使ってうまくまとめねば。幕府の存続は私にかかっている。
――――――――1569年7月11日 八上城 波多野秀治―――――――――
「兄上、某は本願寺や大樹からの要請とは言え惟宗と敵対するのは反対ですぞ」
「ええい、もう決めたことだ」
「そこを何とか。撤回してくだされ」
そう言って秀尚が頭を下げる。
「ならん。これは大樹が望まれていることだ。武家の頭領である大樹の命令を聞けぬとはどういう了見か」
「今の大樹や幕府に武家の頭領たる実がありますでしょうか。いえ、ありません。むしろ西日本の大半を支配下に置いている惟宗の方に実があると言っても過言ではございません」
「帝は義昭様を征夷大将軍に選ばれたのだ。それだけで十分であろう」
「その義昭様の将軍宣下の費用を持ったのは誰ですか。誰が義昭様を征夷大将軍にと言って将軍宣下が行われたのですか。誰が義昭様を京に迎え入れたのですか。すべて惟宗です。その惟宗を討伐せよなどという幕府を信用できるとお思いですか」
「其の方、大樹を侮辱するかっ」
我が弟ながら許せん。
「殿、落ち着かれませ。秀尚殿も言葉が過ぎますぞ」
そう言って荒木氏綱がたしなめる。
「そうだ、氏綱は惟宗と敵対するのには賛成か」
「某は殿の御判断についていきまする。大樹や本願寺の言うことが正しければ惟宗はこれまでにないほどの危機に陥るでしょう。そこで勢力を拡大するのが上策かと。特に赤井が惟宗に付けばそれを理由に攻めれますので」
「氏綱殿、何を言われるか」
「そうであろうそうであろう。やはりこの丹波を治めるは我ら波多野であるからの。祖父の時のように丹波を統一して見せようぞ」
この丹波を治めるのは丹波の者のみ。対馬の田舎者ではないわ。
「勝てるはずがございませぬ。惟宗は10万の兵を動かすのですぞ。多少敵が多かろうと丹波に1万以上の兵を差し向けることは可能でしょう。それに我らは対応できるとお思いか」
「ええい、決めたことなのだ。これ以上反対するでない。我が弟でも容赦はせんぞ」
「・・・分かりました。せめて惟宗領を攻めようとしないでくだされ。あくまで波多野は他の反惟宗派の支援に徹するのみで」
「分かった分かった。支援に徹するからもう下がれ」
「くれぐれもお間違えの無いよう。では失礼いたします」
そう言って秀尚が下がる。だが御仏をないがしろにする惟宗を倒すには今しかないのだ。つい最近、盛廉・尚久など老臣が死んで動揺しているはず。今しかないのだ。今しか。




