近衛前久
―――――――――――1569年1月30日 久留米城――――――――――――
「うむ、なかなか良い城じゃ」
城の中を一回りして来た前久が満足そうに言う。なんか前にも似たようなことがあった気がするな。
今年に入ってようやく前久が九州にやって来た。どうやらもともとは俺を頼るつもりはなく、初めは赤井直正のもとにいたが惟宗・一条でなんとか説得した。俺としては義昭が決めた追放者を匿うことで暗に非難していると義昭や親義昭派のものに思わせることができるし、近衛は朝廷政策で大きな手札になる。それに史実では本願寺を反信長同盟に引き入れようとした人物でもある。そんな人を放っておいたらなにをされるか分かったものではない。なんとしてでも九州に来て欲しかったから説得できてよかったよ。最悪の場合、信長に利用されないように暗殺を考えていたからな。
「お褒め頂き光栄にございます」
「さすが日ノ本一の大大名の居城といったところか。上杉の城もなかなか大きかったがこの城ほどではなかった」
「それはうれしいお言葉です。あの軍神と名高い輝虎殿と比べても負けないとはこの城の縄張りをした者たちも喜ぶでしょう」
いちおう三津七湊のうち博多・坊津を持つ大名の居城ですからね。堺にも代官を置いていいと言われているから早めに決めないとな。誰がいいだろうか。そうだ、正信にしよう。多聞衆の報告でも不審なところはないと言っていたし万が一変な動きをして商人たちがそれに乗っても堺のライバルである博多の商人たちが知らせて来るだろう。うん、信用できるかここではかるか。
「ほほほ。そういうそなたも戦に出ればいまだ負け知らずではないか。以前上杉のもとにいた時に輝虎がそなたの事を随分と気にかけていたぞ。いつか話をしてみたいと」
「某が戦に出る時は後ろの方で偉そうに座っているだけですので輝虎殿が思うようなものではないのですがね」
「偉そうに座っているだけか。面白いことを申すの。まぁ、謙遜として受け取っておこう」
策を考えているのは兵法衆だし、俺が考えたものは前世の知識かただ奇襲と物量で押しつぶすだけのようなものだ。本当の戦上手と同じ数で野戦をしたらすぐに負けるだろうな。いや、康胤や吉川・小早川兄弟、舅殿がいるから何とかなるかな。
「それでいつになったら麿は京に戻れるのかの。山科内蔵頭や一条権大納言から惟宗を頼れば戻れると聞いておるが」
「そうですな、義昭次第ですが既に惟宗討伐の密書をあちこちにばらまいているようですのであと2・3年もすれば戻れるでしょう」
「なに?」
俺が義昭と呼び捨てしたところで驚いたような表情をしたが密書のくだりを聞いて思わず声が出たようだ。
「惟宗討伐と申したか。確かに足利は代々大大名の存在を危険視してきた。だがそなたは幕府の忠臣だったのではないのか」
「某が望むのは名の通り国家安康にございます。それが幕府のもとでなされるのであればそれに従います。しかし義昭は乱世で征夷大将軍の価値を高めることにしか興味がないようです。それでは国家安康など夢のまた夢。ならば惟宗が足利に代わり天下を日ノ本を導くべき。そう愚考した次第です」
「ふふ、はははっ。いや、これは面白い。足利の忠臣かと思っていたがそうではなかったか。足利の忠臣ではなく天下の忠臣ということか」
天下の忠臣か。あんまりそんなふうに考えたことはないけどな。あくまで国家安康は建前だし。惟宗が生き残るにはそれが一番だと思うからしているだけだもんな。
「まぁ、そうなりますかな。他の誰かがしてくれるのであればよかったのですが」
「やはり大弐でも難しいか。天下取りは」
「えぇ、足利の幕府を潰すのも大変でしょうが惟宗の天下をすべての大名や公家・商人・農民・町民・坊主・外国のものたちに認めさせねばなりませんので。なかなか大変そうです」
「そうか。では公家の方は麿が説得しよう。麿は義昭めに追放されたとはいえ近衛家の当主。二条派以外ならば説得は簡単じゃ」
「よろしいのですか。近衛家は代々足利家に近いはずですが」
「ふん、分かっておる癖によう言うわ。朝廷と近衛家を守るにはそなたの天下取りを助けるのが上策。何であれば上杉を説得することもできるぞ」
いや、上杉は少なくとも輝虎が当主の間は厳しいと思うけどな。
「それは心強い限りにございます。なれど誰が敵になり誰が味方になるか分からない以上まだ上杉と手を取るのは早いかと。これでもし武田や北条が惟宗の味方になると言ってくれば最悪の場合三家共々敵に回るやかもしれませんので」
「ふむ、それもそうじゃ。ま、なにか麿にできることがあればいつでも言うといい。すこしは役に立とう」




