一条と近衛と山科と
――――――――――――1568年10月5日 一条邸―――――――――――
「待たせたの」
そう言いながらこの屋敷の主である一条内基様が入ってきたので辰千代とともに頭を下げる。
「お久しゅうございまする」
「左様ですな。面をあげられよ。以前あったのは大弐殿が初めて上洛されたときでしたからもう10年近くになりますな」
「月日が経つのが早くて困ったものです」
ほんと、最近はそう思うよ。九州で戦さをしていた頃は10代20代だったのにいまは30後半。人間五十年ならもう折り返し地点はとうに過ぎている。
「ところでそちらが麿の息子となる辰千代かな」
「はっ。左様にございます。辰千代、挨拶を」
「お初にお目にかかります。辰千代にございまする。未熟者ではございますがよろしくお願い申し上げます」
そう言って多少ぎこちないが頭を下げる。
「うむ、なかなか良い面構えではないか。土佐一条家を継ぐにふさわしい男になりそうだ」
「ありがとうございまする」
多分お世辞だろうけど子供が褒められるのは嬉しいな。
「では養子入りの件は」
「うむ。異存はない。将軍宣下が終わればすぐにでも行おう」
「ありがとうございます」
「して、辰千代は今後どうするつもりかな。こちらで育てるのか土佐で育てるのか九州で育てるのか」
「摂関家の一員になるにはまだ足りないところがあるので京でと考えております」
適当な場所を買い取ってそこに屋敷を作る予定だ。惟宗の京での拠点になるからそこで康興とともに京にいてもらおうと思っている。
「そうか。ではここに置いてみるのはどうかな」
「えっ。よろしいのですか」
「構わんよ。どうせこの屋敷はちと広すぎる。子供の一人や二人、増えたところで変わりはない。それに辰千代がこの屋敷に住めば大弐殿が出入りしてもおかしくない状況になる。密談をするにはもってこいでおじゃろう」
「はぁ。内基様がよろしいのであればこちらも構いませんがまだ傅役が必要な時期ですので」
「ふむ、では傅役もここに住まれればよかろう。確か連歌を嗜んでいるとか。楽しみでおじゃる」
「内基様がよいのでしたらすぐに用意させましょう」
山科以外に朝廷への伝手ができるのはいいことだ。今後どうなるかわからないが義昭は惟宗の勢力を削ごうとするはずだし俺も三好討伐が終わればそう仕向ける。その時に朝廷を味方につけておいた方がいいだろう。
「ところで関白様の話はご存知かな」
関白というと近衛前久様か。康正の結婚式に来てくれたな。
「えぇ、義輝公が殺されたのに関白様が関わっているのではないかという話ですね」
「そうだ。もちろんそんなことはないだろう。だが義昭はそれを頑なに信じていてな。二条とともに関白様を追い出そうとしているようなのだ」
確か史実でも同じようなことをしていたな。そのあとは石山本願寺や赤井直正を頼っていたはずだ。そして反信長として活動していたはず。石山がある摂津はこの歴史では俺がそのまま支配下に置いている。河内は畠山と義継に大和は久秀に譲ったがな。
「このままでは関白をやめさせられて京を追われるだろう。それでな、大弐殿のところで匿うことはできないだろうか」
辰千代の事で妙に条件がいいと思ったらそういうことか。しかしこいつにそんなことをする義理があるのだろうか。
「不思議かな。麿にそのようなことをする義理はないはずだと」
「多少は」
「なに、次の関白は無理でもその次の関白は狙っておるからの。近衛は味方につけておきたいのだ」
なんというか素直だね。ま、俺としてもつながりのある家に関白になってほしいし近衛とも仲良くしておきたい。
「分かりました。お受けいたしましょう」
―――――――――――1568年10月10日 清水寺――――――――――――
「お初にお目にかかる。下間頼廉にございます」
そう言って頭を下げる。なんでこうなった。客人が来たと聞いていたのだが。いや、来てしまったのは仕方がない。しかしなんで来たんだ?まだ矢銭は要求していないぞ。それともキリスト教の文句でも言いに来たのか?
「惟宗国康だ。面をあげよ」
「はっ」
「それで要件は何かな。これでも将軍宣下などで忙しいのだが」
本当はそこまで忙しくない。ほとんどのことは貞孝がしているからな。
「キリスト教のことで話があります。あれの布教許可を取り下げていただきたい」
やっぱりキリスト教のことか。
「いちおう理由を聞かせてもらおうかな」
「貴殿も南蛮人とは会ったことがあるでしょう。あのような異形のものを日ノ本に入れればこの国は穢れる。我々の信者の報告では日ノ本の民を奴隷として南蛮に送り込んでいるとか。そのようなことが許されていいはずがない。すぐに禁教と南蛮人の追放をしていただきたい」
やっぱり奴隷を連れて行っているか。たまに日本人を外国に連れていかせてほしいという申し出は来るが認めていない。奴隷なんてもってのほかだ。そのあたりはちゃんと念押ししておいたはずなんだけどな。すぐに多聞衆に調べさせて奴隷を連れて行った商人を暗殺させるか。
「その話だけを聞く限りではキリスト教に問題があるのではなく南蛮人に問題があるというように聞こえるが。一向宗の中には罪を犯したことのない者しかいないという訳ではあるまい」
「その問題のある南蛮人が信仰している宗教ですぞ。碌な教えではないでしょう。聞いた話ではデウスとかいう神のみを信じなければ皆地獄に行くと言っているとか。それと一向宗ではなく浄土真宗です」
何が違うんだよ。
「そうか。まぁ、一向宗か浄土真宗かは置いておいて地獄行の話はお前のところも似たようなものだろう。念仏を唱えれば極楽。これは念仏を唱えなければ地獄行と言っているようなものだな」
「少し誤解があるようですが念仏は報恩の行であって極楽浄土へ往生するための因ではありません。名号を阿弥陀仏の呼びかけと理解してこの呼びかけを聞いて信じ順う心が発った時に往生が定まるのです」
「ふうん。どうでもいいがどうしても認めてほしいというのであればいくつか条件を認めてもらうぞ。一つ、惟宗の分国法にあるように誓紙を出すこと。一つ、矢銭5000貫を出すこと。一つ、ほかの宗派の教えを信仰することを認めること。一つ、加賀・越中などの一揆衆が治めている土地を惟宗の支配下に入れること。一つ、石山本願寺から出て山科本願寺に移ること。一つ、惟宗の指示があった場合はそちらを優先すること。以上だ。ま、簡単であろうな。蓮如上人が唱えた王法為本を守ればいいだけだからな」




