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―――――――1567年11月10日 月山富田城 井上春忠――――――――
「まさかこれほどの短期間で落とすとはな」
御隠居様がふと呟かれ元春様と隆景様もうなずかれた。そうだろうな。国人時代に尼子に虐げられた御隠居様にとって月山富田城を攻め落とすことは悲願でもあった。しかし御隠居様はこの城を2度も攻めて失敗してきた。1度目は大内の殿を引き受けて何とか生き延びられた。2度目は隆元様の死と惟宗の防長攻めで中止となった。それがこうも早く落ちるとは。
「やはり兵力差がありましたからな。5倍近くの兵に虚を突かれたのです。これほど早く落ちても仕方がないでしょう」
「兄上、それもありますががやはり前の日まで攻撃をしていた大筒と棒火矢もかなりの効果があったのではないですかね。どれほど精強な兵であっても何日も眠れなければ本来の力を出すことはできないでしょう」
「うむ、隆景の言う通りだな。あれはなかなか強力であった。しかし尼子の最大の敗因はやはり人ではないかの。尼子は新しい当主の下にまとまることができなかった。惟宗は御屋形様の下で一つになって攻撃を仕掛けることができた。これが最大の要因だと思うがの」
御隠居様・元春様・隆景様が今回の戦を振り返った話をしている。隆景様はこれから兵法衆の一員として働かれる。早く惟宗の戦になれるためにも振り返るのは大事だな。
「しかし惟宗国康という男、思っていた以上の将だな。先が読めん」
「おや、父上がそこまで言われるとは」
「意外ですな」
御隠居様の言葉に元春様と隆景様は驚いたように声をあげる。
「戦の途中にな、小姓たちが忙しく動いていたせいで儂と御屋形様だけになるときがあったのだ。暗殺しようとした儂とだぞ。前に確認しておいたのだが世鬼は最後の奉公と言って暗殺の事は御屋形様に言っていなかったらしいのでな。それでふとそのことを御屋形様に言ってみようと思ってな」
「危ないですぞ、父上。もしそれを理由に殺されてしまったら」
「なに。心配するな、隆景。儂を殺せばお主らが黙っておるまい。この戦が終わったら安芸で動乱が起きることになる。そうなれば義秋様の上洛を手伝うことができんだろう。そのような愚かな真似を御屋形様がするわけがなかろう」
「それはそうでしょうが・・・」
「それでな、なんていったと思う」
「そうですな・・・相当驚かれたのではないですか」
隆景様が少し考えられて無難な答えを言われる。
「いいや。そうかと言われただけだった。話を聞けば多聞衆がすでに伝えていたらしい。しかしそれでも儂を側に置いているということはあのようなことは些事だと思っているのだろう」
「些事ですか」
惟宗は後継ぎがまだ若い。御屋形様さえ殺せばと考える者がご隠居様のほかにいてもおかしくはない。何度も暗殺されそうになったことがあるのだろう。
「思えば鉄砲や大筒を最初に取り入れたのも御屋形様であった。ものであれ人であれ受け入れる器が大きい。倫久ごときで相手できるような相手ではないわ」
「そうですか」
「しかしその器にいったいどこまで入れるつもりなのかの。九州・山陰・山陽・四国だけでは足りんのだろう。畿内に行くか。それとも・・・」
――――――――1567年11月20日 飯盛山城 三好長逸――――――――
「尼子も滅びましたか」
「また惟宗が大きくなったの」
「それだけではない。惟宗が上洛する際にそれを止めることができる大大名がいなくなった」
儂が呟くと友通殿と宗渭殿が同じように呟かれた。
「しかしいかがしますかな。こうなった以上惟宗の上洛は近いとみていいでしょう」
「やはり献金をするべきかの」
友通殿が言われる献金とは将軍宣下の事だろう。この間義栄様の将軍宣下を申請したが献金をしなかったと言って認められなかった。京を支配しているのは我らだからそのうち認めるだろうと思って放っておいたがさっさと献金をしておいた方がよかったか。
「一度惟宗に使者を送った方がいいかもしれんの」
「そうですな、友通殿。例の不可侵の約の事を念押ししておかねば」
「義秋様は惟宗と頻繁に連絡を取っているらしい。そこに我らの使者が訪れれば義秋様は疑心暗鬼になるやもしれん」
「それはいいですな、宗渭。でしたら某が向かいましょう」
「よろしいのか、長逸殿」
「危ないのではないか」
某の言葉に二人は驚いたようにこちらを見た。だがそこまでしないといかんだろう。義継様が久秀のもとに向かった以上敵を増やすわけにはいかない。惟宗のような大大名ならなおさらだ。
「分かった。貴殿にお任せする」
「無理をされぬよう」
「分かっておりまする」
「それより義栄様の病はどうなのだ」
「あまりよろしくないようですな。背中の腫物が少しずつ大きくなっているようですがいまはそこまで辛くないようです。しかし医者はいずれは歩くこともままならなくなるだろうと」
京にいる名医の曲直瀬道三は使えない。奴は毛利を通じて惟宗とつながりがある。病の事が漏れれば惟宗を通じて朝廷に漏れるだろう。
「厄介な。このことが朝廷に知れれば将軍宣下も認められないでしょう。何とかして隠さねば」
「そうだ。出来るだけ早く将軍宣下をしていただきすぐに弟君の義助様に譲っていただこう。そうすれば将軍職を受け継ぐのは阿波公方様の一族だと示すことにもなる」
「左様ですな」




