献金
――――――――1567年2月20日 久留米城 細川藤孝―――――――――
「久しいな、藤孝。面をあげよ」
「はっ」
国康殿に促されて顔をあげる。
「して今日はどのようなご用件かな。今度は尼子との間でも取りに来られたか」
これは皮肉だろうか。それとも毛利の時と同様、聞くつもりはないということだろうか。
「いえ、尼子は逆賊である三好三人衆と通じているようですので早く滅ぼすべしと義秋様が仰っていました」
「左様で。逆賊といえば三好義継が久秀のもとへ向かったと聞きましたぞ。義継は義輝様を殺した張本人。それについてはどうお考えかな」
「義継殿は義輝様を殺すのに反対されたようですが三人衆及び親族衆などが強固に進めたためあのようなことになったと」
「ほう。そのような言い訳を義秋様は認められたので」
国康殿は少し馬鹿にするような口調で言われる。仕方ないのだ。いまは義栄様の方が有利。だが義栄様が征夷大将軍になれば三好の天下が盤石なものになってしまいかねない。少なくとも足利家は三好の傀儡となり果てるだろう。それを阻止するには一人でも味方がいた方がいい。それがたとえ義輝様を殺した相手だとしても。
「まぁ、誰をお味方につけるかは義秋様の御勝手です。しかし今日はどのようなご用件かな」
「義秋様より書状を預かって参りました。それと上洛戦への参加を」
そう言って懐から手紙を出し小姓に渡す。小姓がそれを国康殿のもとに持っていった。
「拝見いたす」
そう言って国康殿が手紙を広げて読まれるが少しずつ険しい表情になっているな。何か気に触るようなことを書いていただろうか?いちおう失礼があってはいけないから内容は確認しているが偏に頼み申し候や御父といったことを繰り返し書かれていただけで失礼なことは書かれていなかったと思うのだが。
「上洛戦ですか。六角と一色が裏切りましたからな。なかなか難しいでしょうな」
「左様です。ですので国康殿にご協力していただきたく」
「協力と言われましてもな。某にできることはあまりないかと思いますがな」
「御謙遜を。この天下において三好を倒して義秋様を京にお迎えすることができるのは国康殿ぐらいでしょう」
惟宗以上に兵を動かすことができる大名はいないだろう。朝倉では2万の兵すら動かせまい。織田でも単独で3万、徳川・浅井と連合すれば5万以上は動かせる。だが美濃を攻略したばかりですぐには動けないだろう。すぐに10万以上の兵を動かせるのは天下広しといえども惟宗しかいない。
「某を味方にするのは最後にした方がよろしいですぞ」
「と言いますと」
「安芸の一向衆がどうも妙な動きをしていましてな。もしかしたら本願寺が動いているかもしれません。本願寺が動いたとなれば加賀の一向一揆もどう動くか分かりませんな。尾張・美濃・三河・近江にも一向衆はいます。それらが一度に動き出したら上洛どころではないでしょうな」
なんと。ここでも一向衆は邪魔してくるか。ただでさえ朝倉が動かない理由の一つが一向衆だというのに惟宗まで一向衆を理由に上洛戦に参加しないとは。これを義秋様が知れば本願寺の事をかなり恨むだろうな。
「ですので私が義秋様の御味方をするときは最後の最後。織田殿が上洛のために兵をあげて義栄派の意識が完全に織田に向かった時ですな。その時に兵を集めて一向衆が動き出す前に上洛する」
「しかしそうなると上洛は・・・」
「織田殿次第ですな。まぁ、織田殿ですから来年にも上洛できるよう準備を進めるでしょう。それか義秋様が間を取り持っていただけるなら可能でしょうな」
国康殿はずいぶんと織田殿を買っているらしい。たしか国康殿と織田殿は以前上洛した時期が一緒だったはず。堺で長く話し込んだと聞いている。おそらくそこで織田殿の才覚を信用するに足ると判断したのだろうな。
「某はとりあえず今年は尼子攻めに取り掛かろうと思っておりまする。義秋様にはそのようにお伝えくだされ」
「分かりました。ではせめて献金はしていただきたい」
「それはお断りいたす。某が献金するのは帝と征夷大将軍のみです」
「しかし・・・」
「くどいですな。はっきり言っておきますが天下が落ち着くのであれば義秋様でも義栄様でも誰でもいいのですぞ。三好に任せていては落ち着かないと判断したから義秋様を支持しているだけ。惟宗が将軍争いに介入するのは国家安康のためです。それをお忘れなきよう」
まさかここまではっきり義栄派に付く可能性を言われるとは。いや、今だからか。いまなら義秋様にはそれを咎める力がない。今のうちに釘を刺しておこうという考えか。せめて最後に一つ確認しておかなければならないことがある。義秋様にも兄上にもしっかり確認しておくよう言われている。
「分かりました。では最後に一つよろしいでしょうか」
「なにかな」
「従四位下に昇叙された際に桐紋を下賜されたとか。これについてはどう説明されるおつもりですか」
「ん?何か問題でもあったかな」
国康殿が不思議そうにこちらを見てくる。どうやら特別な意図があって受け取ったわけではないようだな。いや、惚けているだけかもしれない。
「桐紋は尊氏様が幕府を開く際に帝から下賜されたものでもあります。それを幕府を介さずに受け取るとなれば幕府を新たに開くと受け取られてもおかしくないですぞ」
「左様ですか。帝より賜るものをお断りするのも失礼かと思い受け取りましたがそのようなことがありましたか」
「国康殿ほどの知恵を持った方でしたら知っていたはずでは」
「はははっ。藤孝殿は某を買いかぶりすぎですぞ。某とて知らぬことは知らぬのです。惟宗はもとはといえば対馬の小大名。特に中央に関していえば知らぬことの方が多いですぞ」
「左様ですか。では足利家に代わって幕府を開こうという企みはないと信用してもよろしいのですな」
「えぇ。第一、某は源氏ではござらんからな。そもそも征夷大将軍にはなれませんよ。ご案じなされるな。なんでしたら誓紙でも書きましょうか?」
「お願い致す。それがあれば義秋様も御納得されるでしょう」
「そうですか。ではすぐにでも書きましょうかな」
そう言って小姓に筆と硯を持ってするよう命じられた。これなら信用できるな。やはり杞憂であったか。




