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――――――――1566年12月1日 一乗谷城 細川藤孝―――――――――

「お初にお目にかかります。前政所執事、伊勢貞孝にございまする」

「うむ、足利義秋だ。面をあげよ」

「ははっ」

義秋様に促されて貞孝殿が顔をあげる。他の皆は白い目で貞孝殿を見ているが本人はそれほど表情に変化がない。面の皮が厚いな。しかしまさかこちらに来るとは思わなかった。他の皆が貞孝殿の事をどう思っているか分かるだろうに。義輝様の親政を邪魔した奸臣、三好に味方する裏切者。義輝様が御存命の時から陰でそういわれているのは知っているはずだが。


「貞孝は義継めに京を追われたと聞くが」

そうだ。三人衆が中心となって幕臣を取り込みながら惟宗や義秋様派の者たちを追い出したり失脚させたりしている。それは義輝様が追われた時も京に残って三好とともに今日の治安維持に努めた伊勢家も同様だったようだ。

「はい。幸いにも九州探題殿の配下が警告をしに来たので息子共々無事に京を脱することができました」

九州探題殿?国康殿が京に配下を置いているのか?そうか、国康殿の弟の嫁が山科卿の御息女であったな。山科卿が京で万が一のことにならないように配下の忍びを数名おいているのだろう。おそらく義輝様の御命令で上洛した時に置いたのだろう。山科卿の屋敷を拠点とすればたとえ三好といえどもそう簡単には排除することはできないだろう。うまいことを考えたな。


「そうか。さすが九州探題よ。皆もそう思わんか」

「左様にございますな」

「まこと、九州探題殿は用心深い」

義秋様が言うと皆がおそらく心にも思っていないお世辞を口々に言う。

「余が上洛し、征夷大将軍になった暁には国康には引き続き九州探題職を務めてもらおう。それから貞孝にはこれまで通り政所執事として余の政を手伝え」

「ははっ。非才の身ではございますが身を粉にして励ませていただきまする」

貞孝殿はそう言って深々と頭を下げる。他の皆は不満そうな顔をしている。そうだろうな。政所執事は伊勢家が代々受け継いできた役職だ。だが政所執事は幕政の中心。侍所頭人とともに誰もがその役職に就きたいと思っている。一度、貞孝殿が罷免されそうになった時は誰が新たな政所執事になるかかなり騒ぎになった。その時は国康殿が貞孝殿の味方をして罷免は取りやめとなった。今回もよい働きをして政所執事をと思っている者も少なくなかっただろう。

「失礼します」

そう言って義景殿の小姓が入ってきた。

「我が主が参りました」

「おぉ、よいところに来た。すぐに通せ」

「はっ」

義秋様はうれしそうだがおそらく挨拶程度だろう。義景殿は上洛はあまりしたいとは思っていないようだ。おそらく一向一揆の事が気になるのだろう。少なくとも一向一揆をどうにかしない限り朝倉は動かない。それを義秋様はどれほど分かっておられるのだろうか・・・


―――――――――――1566年12月15日 門司城―――――――――――

「ほほほっ。なかなか良い城ですな」

城中を見てみて回った言継殿が楽しそうに笑う。三好三人衆が惟宗の関係者をどんどん京から追い出しているらしい。たぶん京での惟宗の活動を抑えようと考えているのだろうな。俺が朝廷と交渉して義秋に将軍宣下が行われないようにしたんだろうが言継殿の話では朝廷受けはよろしくないらしい。言継殿は朝廷の財政の責任者、惟宗は最大の支援者だからな。戦続きの三好では惟宗ほど献金をすることはできないだろう。それに近衛や一条ともそれなりに親密にしている。さすがの三好でも摂関家をどうにかすることはできなかったようだ。そう考えるとあんまり意味はなかったな。そして三好が意味のないことをしている間に惟宗は備中・備後を制圧するなど勢力拡大に努めている。

「それはようございました。康正はいま安芸にいますので戻ってきたらあいさつに来させましょう」

「おや、何やら仕事でもあったのかな」

「えぇ、安芸に城を築こうと思っていまして。康正にはよい土地を探してもらっているのですよ」

「ほう、毛利対策でおじゃるかな」

「それもありますが一向一揆の方を重視しています」

「一向一揆か。あれは厄介でおじゃる」

まったくだ。あれが敵になれば同じくらいの大名より多くの兵を相手に取らないといけない。それに死ねば極楽だからどんどんこっちに来る。勝ったとしても所詮は内乱だから領地が増えるわけではない。しかも死ぬのは農民だから収穫は減る。マイナスなことばっかりなんだよな。さっさと信長に本願寺を滅ぼしてほしいがその頃になると惟宗と織田ではいい勝負になってしまうからな。信長相手なら確実に勝てるところまで行っても安心できない。これで本当に天下を取れるかな。

「しかし本願寺と敵対するのか」

「場合によってはそうなるでしょう。少なくとも北陸があのまま続くようでしたら」

「北陸か。太宰大弐殿はずいぶんと広いところまで見ておられるの。もしやそこまで手を広げるおつもりかな」

「北陸だけでなく関東や奥州にもと考えております」

「これはこれは。日ノ本を統べるおつもりでおじゃるか」

言継殿が驚いたようにこちらを見る。娘婿の実家がそんなことを考えていたらそれは驚くよな。

「反対されますか」

「それが三好や朝倉のようなものが言うのであれば反対したかもしれませんが太宰大弐殿ですからの。反対はしませんぞ。足利より太宰大弐殿が天下人になってくれれば朝廷も今より楽になるでおじゃろう。楽しみにしておきますかな。それに足利の天下はあまり好ましくないですし」

そう言ってまた軽やかに笑う。朝廷が楽になるのは財政の責任者としてはありがたい話だし、十数年前には義輝に山科家の家領を押領されることもあってあまり足利にはいい印象を持っていない。それに惟宗を後ろ盾にすれば山科家の家格ももっと上がるかもしれない。言継殿とて公家だから出世はしたいはずだ。それを考えると朝廷のためだけではないな。だがそっちの方が信用できる。山科家は各地の大名と面識があるからその縁をしっかり利用させてもらおうかな。

「朝廷のため、惟宗家と山科家の発展のためともに協力していきたいですな」

「そうでおじゃるの。さっそくでおじゃるが親王宣下の費用を献金してほしいのでおじゃる。献金してもらえれば従四位下に昇叙するのだが」

「かしこまりました」

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