将軍争い
―――――――――――1566年2月1日 久留米城――――――――――――
「失礼いたします」
そう言って頼久が入ってきた。最近ようやく一人だけで来るのに慣れてきたらしい。
「来たか。家督を継いでからうまくいっているか」
「はっ。何とかやっております。早く家督を継ぎたいと思っていたころには想像できなかったほど忙しいのには驚いています」
「そうか。確かに多聞衆の頭領となればいろいろせねばならんことも多かろう。それに世鬼衆との連携も取らねばならんからな。頼氏の時より忙しいだろう」
結局、世鬼は本当に毛利を裏切っていた。毛利が奇襲を仕掛けてきたときも特に何か仕掛けてくることもなく頼久の指揮下に入って俺に状況を報告してきた。これなら信用できるだろう。問題は世鬼をどういうポストに就けるかだ。多聞衆の下に付けるのは世鬼としては快くないだろうし頼久としてもやりにくいだろう。かと言って同じように扱うのも多聞衆が不満に思うかもしれない。どうしたものかと悩んだが一部を俺の直属にして残りの大部分を多聞衆の数十名とともに都都熊丸、いや元服したから貞康か。貞康に任せることにした。まだ家督を譲っていないとはいえある程度自由に動かせる手足があった方がいいだろう。もちろんそこで手に入れた情報はこちらにも流れるように指示はしてある。貞康もいい経験になるだろう。
「では報告を頼む。三好の動きはどうだ」
「三好ですが三人衆と久秀の主導権争いがひどくなっていますが三好康長や安宅信康が三人衆に同調しました。さらに義勝様が近々、久秀討伐令を出されるようです。さらに久秀に領地を追われた筒井藤政と同盟を結びました。おそらく義勝様が上洛して征夷大将軍になってから将軍の命令という形で久秀を討伐するのではないかと。久秀の方も畠山高政・安見宗房ら覚慶様の擁立を目指す者たちと連絡を取り合っています。おそらくそのまま覚慶派と共に行動するでしょう」
ついこの間まで覚慶と久秀は幽閉される側とする側だったのに。図々しいというか。まぁ、京で会った時もかなり面の皮が厚い奴だなとは思っていたけど。
「覚慶様の手紙には今年中に織田・六角・一色らを伴って上洛する計画を立てたらしいがうまくいきそうか」
「ほぼ不可能かと。一色・六角が三人衆と連絡を取っています。おそらく上洛前に覚慶様を裏切って義勝派になるでしょう」
信長幻の上洛戦だな。確かこの後は六角に裏切られたことで朝倉を頼ることになるんだよな。だが朝倉は一向一揆の相手をしなければならなかったり、足利一門の鞍谷御所がいたりで上洛には消極的だ。この歴史ではどうだろうか。
「朝倉はどうしている」
「朝倉は積極的に細川らと連絡を取り合っています。おそらく六角が裏切った後は覚慶派の中心となるでしょう。しかし上洛中に一向一揆が背後をつく可能性があるので一向一揆と和睦するまでは動かないかと」
「しかしかなり争っていたはずだぞ。和睦は成立するのか」
「難しいかと。一向一揆を指示する顕如は九条家の猶子ですが義継の母も九条家の娘です。その縁を使って三好が和睦を妨害するのではないかと」
ならば義継が久秀のもとに行くまで朝倉は動けないだろうな。それに義継が覚慶派になったとしても朝倉は和睦で一向一揆に奪われた領地を返すよう求めるはずだ。だがそんなことは一向一揆も認められないだろう。うん、朝倉が上洛戦に参加するのは無理だな。
「織田はどうだ。一色の裏切りに気付いているか」
「恐らく気づいていないでしょう。しかし西美濃三人衆が織田に寝返る気配を見せています。一色が裏切ったとしても1・2年で美濃を統一すると思われます」
どうやらこの歴史でも美濃攻略はうまくいっているみたいだな。俺としては天下を目指すライバルだから大きくなってほしくないけど本願寺のような面倒な敵を潰してほしいから大きくなってほしいような。
「上杉はどうしている」
「上杉は常陸に再度出兵するようです。ですが覚慶様が上杉と北条の和睦を考えられているようですのですぐに引き上げるのではないかと」
覚慶は謙信、今は輝虎か。輝虎を使いたいらしいが輝虎が上洛するには北陸を通らないといけないだろう。いま北陸を支配しているのは一向一揆だ。結局朝倉と同じような理由で上洛戦参加は難しいだろうな。
「尼子はどうだ」
「いまのところは備中・備後の安定のために動くことはできません。しかしそれが終わり次第美作に進出してきた宇喜多・浦上を追い出し備前を制圧するつもりのようです」
ふん、備前侵攻か。そんな余裕があるなら惟宗に払う礼金をさっさと支払えよ。
「分かった。尼子領内に尼子が約束を守らないことを俺が不満に思っていると噂を流せ。それと俺が覚慶様を、尼子が義勝様を支持するつもりらしいと噂を流せ」
これで三人衆は惟宗と尼子が争うように仕向けるはずだ。俺としては毛利が降伏した以上、尼子は邪魔でしかない。これを機会に中国地方を統一しよう。
「覚慶様に六角・一色が三好に通じていると伝えますか」
「必要ない」
どうせ助かるだろうからせいぜい混乱して上洛が遅れてくれればいい。
「御屋形様はどちらを将軍にされるおつもりですか」
頼久が困惑したように尋ねる。
「いちおう覚慶様だ。だが俺が天下を目指す以上、いずれは幕府を滅ぼす」
「しかし征夷大将軍が決まれば畿内は安定して付け入る隙がなくなるのでは」
「さて、どうかな。足利の将軍たちは大大名の力を削ごうとする悪い癖があるからな。おそらく覚慶様もだ。それを利用して逆に将軍の権威を徹底的に破壊する」




