三村氏
――――――――――1565年7月1日 陣山 尼子義久――――――――――
「申し上げます。庄高資殿が討死されました」
「ちっ。家親め。思ったより抵抗してくるな。仕方ない、兵に引き揚げの合図を送れ」
「はっ」
くそっ。なかなかうまくいかんな。備中制圧はここまではうまくいっていた。尼子の名は備中でも十分大きなものだった。おかげでここまでそれほど苦労することなく進むことができた。だがこの松山城だけはうまくいかん。この城の城主である三村家親は備中においてかなり大きな力を持っている。これまでより苦戦するとは思っていたがここまでとは。備後にも兵を出している以上出来るだけ早く制圧したかったがこのままではいたずらに兵を失うだけだ。それだけは何としてでも避けなければ。
数刻後、皆が集まって軍議を行うことになった。皆の顔には疲れが見えるな。鎧も汚れている。
「皆、総攻撃を仕掛けて分かったと思うがこの城は簡単には落とせないだろう。なにか策のある者はいないか」
そう言って周りを見渡す。
「御屋形様、私からよろしいでしょうか」
最初に意見を述べようとしたのは久綱だった。久綱は先の戦で撤退する毛利を追撃する際に山中幸盛とともに毛利勢に大きな損害を与えていたな。
「ここは時間がかかりますが兵糧攻めにしましょう。力攻めでは被害が大きくなり備後攻めの際に支障が出ます。一度総攻撃の振りをして鉢屋衆を城に潜入させます。そして敵の兵糧を焼き払うのです」
「ふむ、確かにそれならそれほど損害が出ないだろうな。敵の兵糧を焼くのであればそれほど時間をかけずに済むだろう。他に意見のある者はいるか」
しばらく待つが誰も意見を述べようとしない。ではこれで行くか。
「失礼いたします」
「何事だ。軍議の途中だぞ」
「惟宗様の書状を持ってきたというものが来ました」
国康殿から?何かあったのだろうか。
「すぐに通せ」
「はっ」
「お初にお目にかかります。惟宗国康が家臣、丸目長恵にございます」
「尼子義久だ。丸目というとあの帝や大樹の御前で剣技を見せた」
「大樹に上覧したのは師の上泉信綱様です。某はその相手をしただけですので。それよりこちらが御屋形様からの書状です」
「確かに。では拝見させていただく」
そう言って書状を開く。どうやら今の状況を知らせるための書状のようだな。惟宗は石見を制圧したらしい。安芸も佐伯郡・安芸郡・沼田郡を制圧したようだ。石見攻めに参加していた兵もこれから安芸攻めに加わるから持ってあと2か月といったところだろうか。いや、吉田郡山城はなかなかの堅城だ。俺が生まれたころにも攻めたそうだが結局攻め落とすことができなかったようだ。果たして惟宗は落とすことができるかな。
「確かに拝見した。こちらも時間はかかるかもしれないが備中・備後は制圧できると伝えてくれ」
「はっ」
――――――――1565年9月1日 吉田郡山城 井上春忠―――――――――
「まずいな」
「左様ですな」
隆景様の言葉に返事をする。状況は毛利が圧倒的に不利だ。この高田郡以外は惟宗に奪われ、高田郡もほとんどが惟宗に攻め取られた。備中・備後は尼子に攻められている。御隠居様は何とかして盛り返そうとなさっているが今回の惟宗の兵は6万以上になる。隆景様も居城の新高山城で長く粘っておられたが兵の数でも負けていて兵糧も心許なくなってきたこともありこの吉田郡山城に撤退した。隆景様としては惟宗勢を破りたかったのだろう。これから毛利はどうなるのだろうか。御隠居様はほかの城に出来るだけ長く粘るよう指示をしているようだが・・・
「隆景、邪魔するぞ」
「兄上!いかがなさいましたか」
「なに、これから父上が何をなさろうとしているのかよく分からんからな。お前に聞いておこうと思ったわけよ。春忠も久しぶりだな」
そう言いながら隆景様のすぐそばに座られる。
「そんなことなら父上に直接聞けばいいではないですか」
「いや、地図を睨みながら考え事をされていたからどうも聞きにくくてな」
「そうでしたか。確かにそれは聞きにくいですな。私の予想ですがいいですか」
「あぁ、構わんよ」
「やはり24年前の再現を狙っているのではないでしょうかね」
24年前の再現か。大内と尼子の間で勢力を守ろうと四苦八苦していたころだな。
「しかしあの時は大内の援軍があったから勝てたはず。いまは援軍はないぞ」
「いいのですよ、援軍が無くても。惟宗は6万以上の兵を動かしています。それだけを見ればかなり不利のように見えますが惟宗が攻めてきてからすでに7か月近くになります。兵糧にはかなり苦労しているでしょうな。そこで籠城戦となればかなりの時間を稼ぐことができます。あとは惟宗が焦っているところを奇襲などで攻めながら世鬼を使って調略をして退路を断とうとする。そうすれば惟宗とて引かざるをえなくなるでしょう」
敵の兵糧がなくなるのを待つのか。そういえばこの辺りの田んぼで青田刈りをしていたな。出来るだけ兵糧を敵に渡さないようにということだろうか。
「しかしそれでは惟宗に奪われた領地を取り戻すことはできないぞ」
「そうですね。ここで惟宗が引いたとしても来年か再来年に今回と同じくらいの兵を率いてこられたら負けるでしょう。ですのでここで降伏するしかないでしょうな」
「降伏だと!?しかし父上は」
「地図を睨んで策を考えていましたな。しかしそれは少しでも降伏の条件を有利にするためでしょう。父上の戦は毛利の家名を守るための戦です。負けて毛利家がなくなるよりは降伏して家名を存える方を選ばれるでしょう」
毛利の家名を守るための戦か。確かに御隠居様が長宗我部のような族滅を選ばれるとは思えないな。だとしたら降伏が妥当か。しかし皆がそれに応じるかどうか。
「なるほどな。惟宗としても兵糧がなくなっては戦もできん。ここで毛利を降せるなら多少毛利に有利な条件でも認める可能性があるということか」
「はい。しかし惟宗の兵糧が無くなるまでにこの城の兵糧が無くならないかどうかが不安です」
「そういったことは兄上がしていたからな」
「えぇ。いまになって兄上の凄さというのが分かります。毛利の当主として申し分ない人だったでしょう。先に亡くなった兄上のためにも幸鶴丸様を御守りしなければなりませんな」
「そうだな。幸鶴丸様にはそのような立派な当主になってもらいたいものだ」




