石見
―――――――――――1563年12月1日 久留米城―――――――――――
「失礼します」
そう言って頼氏と頼久が入ってくる。
「よく来た。今日は頼久と一緒か」
「はっ。実はお願いがあって参りました」
珍しいな。頼氏、というか多聞衆はあまり俺に何かを願い出るということがない。いったいなんだろうか。
「なんだ、申してみよ」
「そろそろ家督を頼久に継がせようと考えております。それをお許し願えないでしょうか」
「父上!」
そう言って頼氏が頭を下げる。どうやらその話を聞いていなかったらしく頼氏が驚いたように声をあげる。しかし家督相続か。もう50過ぎだしそろそろだろうな。確か頼久は対馬生まれだったはずだから25ぐらいだったか。
「分かった。頼久への家督相続を認めよう」
「ありがとうございまする」
「しかし頼氏の隠居は認めんぞ。相談役として俺のそばでこれからも働いてもらうぞ」
内政や指揮官の人手不足は解消されつつあるが外様ばかりだ。あまり差別をするわけではないが出来れば頼氏のような俺が当主になってすぐに仕え始めたような奴が残ってくれていた方がいい。
「しかし某はもう随分と歳をとりましたぞ。今更役に立てるようなことなど」
「いや、これまでの経験や知識が役に立つことが多くあるはずだ。それをぜひ俺のために役立ててほしい」
「・・・分かりました。このような老骨がどう役に立つか分かりませぬがお受けさせていただきまする」
「うむ、頼りにしているぞ」
そうだな、虎千代か辰千代の傅役をしてもらうというのもいいな。双子ということもあるから滅多なものに傅役を命じることはできない。その点、頼氏なら安心だ。
「では今日からは頼久から報告を聞くとするかな。頼久、報告を頼む」
「はっ。まずは尼子ですが惟宗同様、幕府からの使者が来たようですが和睦の話になるとすぐに拒否してようです。先の和睦はたったの半年で破られた、これ以上毛利を信用することはできないと」
「ふん、自業自得だな。せめてあと2年ほど待っていればあるいは和睦を受け入れてもらえたかもしれんというのに。大樹もさぞかし御不満だろうな」
いちおう俺は幕府をたてているからな。不満を言われるのは筋違いだ。まぁ、確かに今回の戦をする理由になった毛利が指示をした証拠ももちろん偽書だけど。
「周囲に不満を漏らしているようです。惟宗は幕府や征夷大将軍の権威を利用しているだけだ、三好と大して変わらないと。以前伊勢貞孝殿をかばって政所執事に復帰させたのも不満の一つでしょう。いずれは伊勢を通して幕政に関与してくるのではないかと心配もしているようです」
余計な心配を。三好義興が死んだことで三好の勢力が衰退して惟宗の力が増すとでも思ったのだろうか。確かこの歴史でも義興が死んで紀伊の根来衆や大和の多武峯宗徒などが反三好の動きを見せている。養子には史実通り十河一存の息子の重存、のちの義継が選ばれた。もしかすると将軍の力を回復するには絶好の機会だが惟宗が出てくるのは困ると思っているかもしれないな。惟宗は九州の大名なのだから当分は京に行けないんだけどな。
「それで尼子はこれからどう出る」
「まずは因幡の親毛利派を攻撃するようです。背後に敵がいる状態で毛利を攻めたくないのでしょう」
この間秀綱がさっさと石見・安芸を攻めてくれと言っていたな。俺としては尼子が攻めた後の方がよかったのだが義久も似たようなことを考えているようだな。仕方ない。同時に攻め入るということで手打ちにしよう。あとで康広に尼子に向かうよう言っておかないとな。
「三好はどうしている」
「大和や紀伊の反三好の動きを抑えるのに忙しいようです。いまのところは惟宗に敵対的な行動をするとは思えません」
もう少し足を引っ張るというのもありかもしれないな。
「頼久、安宅冬康が重存の養子入りにかなりの不満を持っている、本来ならば冬康の息子が継ぐべきだと思っているという噂を流せ。それと久秀と冬康の不仲もだ」
「はっ」
松永久秀は三好家の中でも大きな力を持っている。どうせなら長慶が死んだあと内側でしっかりもめてもらいたいものだな。
「最後は毛利だな」
「はっ。毛利ですが長門・周防を取り戻すべしという声が大きいようですが惟宗領に近い国人たちの中には不安の声が上がっています。元就は隆元を殺したのは惟宗であるとして家中を纏めようとしています」
失礼な。惟宗に反抗的な行為をとる奴を秘密裏に殺したことはあるが敵対する大名や国人を暗殺するなんてことはないぞ。そんなことをしたら信用を無くすではないか。第一、スケープゴートを用意しないなんて手抜きをするわけがないだろうが。
「調略の方はどうなっている」
「石見の吉見正頼がこちらに付くとのことです。それから交渉中ですが益田藤兼もこちらに付く様子を見せています。安芸では阿曽沼広秀・香川光景・国重就正など大内や安芸武田の旧臣たちがこちらに付くと言ってきています。また赤川元保がこちらに付く素振りを見せています」
「赤川が?信用できるのか」
「元就とは不仲と聞いていますが信用できると断言することはできません」
「そうか」
確か史実では隆元を殺したとして自害させられていたはずだ。この歴史では俺のせいにしているから死なずに済んだのだろうか。
「その調子で調略を続けてくれ。それと優先して調略してほしい者がいる」
「それはどなたで?」
「世鬼政時だ。惟宗につけば2万石の所領を約束すると伝えよ」
情報は多い方がいい。多聞衆の所領は6万石だからそこまで不満に思うことはないだろう。もちろん快くは思わないはずだがそれでも人は多い方がいい。
「多聞衆としてはあまり快くはないだろうが引き受けてほしい。政時の調略に成功したら3万石の加増をしようと思っている」
「はっ。かしこまりました」
頼んだぞ。政時を調略できれば赤川を含めこちらに付くと言っている国人たちが信用できるかがわかる。毛利は反間の計が得意だから慎重に行かないと。




