大内輝弘
――――――――――――1563年9月1日 高嶺城――――――――――――
「そうか、毛利はすでに安芸に退却したか」
「はっ」
俺の言葉に頼氏が頷く。しかし早いな。もしかしたら一部の兵を安芸に戻してそのまま尼子攻めを続行するかと思ったけどさすがに退却したか。
先月、史実通りに隆元が死んだ。別に多聞衆に暗殺を命じたとかはしていない。いちおう監視として数名送り込んでいたが毛利の家臣や尼子の鉢屋衆が動いたという報告も聞いていない。たぶん食中毒だったんだろうな。歴史好きとしては気になるところだが惟宗当主としては死因なんてどうでもいいか。大事なのは隆元が死んだことで毛利の支配を快く思わない旧大内家臣を見張る存在がいなくなったことだ。ちょうど、尼子が俺の出した条件を飲んだところだったのですぐに毛利攻めを始めた。兵の数はとりあえず5万。俺が3万と康正が2万だ。三好がどう動くか分からないからこんなものだろう。それに大内輝弘を康正の副将につけた。これで旧大内家臣が寝返ってくれるだろう。史実でも大した兵を持たされずに毛利領に上陸したのになかなか善戦していた。この歴史でも期待できるだろう。
長門・周防制圧は今のところうまくいっている。高嶺城を除けばほとんど抵抗らしい抵抗もされず落とすことができた。高嶺城には市川経好が山口奉行として入っていたが俺が攻め入った時は元就に従って尼子攻めに参加していた。すぐに落とせると思ったんだけど経好の妻の市川局が少ない家臣と城兵で一週間ほど抵抗してきた。たぶん康正の方を含めてもこの城が一番抵抗したんじゃないかな。確か史実でも輝弘が攻めた時にかなり手強く抵抗して輝弘を撃退していたはずだ。惟宗に手強く抵抗した女丈夫として後世に伝わるだろう。もしかしたら小説になるかもな。その時は俺が悪役だが。
しかし大内の名はまだでかいな。これなら長門・周防はそれほど苦労せずに落とせそうだな。おそらく毛利も穴だらけの長門・周防より石見・安芸の守りを固めることを優先するだろう。とりあえず今年はこれくらいでいいな。あまり急いで攻め込んで背後を断たれたら意味がない。毛利はでかいのだから大友の時のようにじっくり確実に行くべきだ。尼子との連携も取らないといけないしな。尼子がどれくらいの被害を受けているか知らないが毛利領に攻め込む余裕がないというほどではないだろう。毛利が出雲から撤退するときは騙されて追撃できなかったから今度こそしっかり毛利に損害を与えてもらわないと。
「御屋形様、いかがしますか。このまま安芸に攻め込みますか」
康胤がこちらを窺うように尋ねる。他の家臣たちも俺を見ている。
「いや、今回の戦は長門・周防を制圧することが目的だ。安芸に攻め込むことはない。それに安芸は毛利の本拠地だ。ここを攻略しようとしたらかなり時間がかかるだろう。ならば今回は長門・周防を安定させる方が大事だ。とりあえず長門・周防には15000ずつ置いておく。長門の兵は盛円と時忠に、周防の兵は康胤と康正に任せる」
「「はっ」」
盛円と時忠は康正の方にいる。あとで命じておかないとな。康正も阿弥殿が妊娠したばかりで心配事も多いだろうが頑張ってもらわないと。
――――――――1563年9月20日 月山富田城 尼子義久――――――――
「なに?国康殿が九州に引き揚げただと」
鉢屋衆の報告を聞いて思わず声をあげてしまった。しかし驚いているのは俺だけではない。家臣たちも驚いている。しかしなぜ惟宗は引き揚げたのだ。長門・周防は制圧できた。これから安芸・石見を制圧すると見ていたというのになぜ。
「はい。長門・周防に15000ずつ兵を置いて引き上げました」
「しかし惟宗は安芸・石見を任せると言っていたはずではないか。なぜ攻め込まない」
惟宗が攻め込めば因幡の反尼子勢力や備中の三村を討ち果たそうと思っていたというのに。尼子だけで毛利と渡り合うのは厳しいぞ。
「秀綱、これはどういうことだ。惟宗は毛利に攻めかかると約束したのではないか」
「御屋形様、お言葉を返すようですが惟宗が長門・周防を攻めた以上約束は果たしています。それを責めるというのは難しいかと。それに長門と周防に計3万の兵がいるのですから毛利もそう簡単には兵を動かせないはずです。因幡・備中を攻めても問題ないかと」
しかし惟宗は尼子が先に動くことを望んでるのは間違いないはずだ。今回の長門・周防攻めは尼子が攻められている隙に行われた。そして毛利が安芸に戻ると長門・周防だけを制圧して九州に戻った。尼子を囮に使っていたのは間違いないだろう。問題はこれからだ。因幡攻めか、備中攻めか。あるいは美作に手を出してきた浦上攻めという手もある。どちらにせよ、惟宗が先に毛利を攻めた方がうまくいくだろう。何とかして惟宗を説得せねば。
「秀綱、急ぎ久留米城に向かってくれ。国康殿を説得して安芸・石見攻めを早く行うようにと」
「はっ」
「残りの者は因幡攻めの準備だ。因幡であれば毛利の援軍をそれほど心配する必要はなかろう」
「「「ははっ」」」




