海戦
―――――――――1562年2月20日 来島沖 河野通宣―――――――――
「壮観だな」
「左様ですな」
思わずつぶやいてしまった言葉に側にいた通康が答える。まさに壮観としか言いようのない光景だ。巨大な南蛮船や鉄甲船、数多くの安宅船や関船・小早。これほどの船を用意できる大名はそういないだろう。三好にだって周辺にあれだけ敵を抱えているのだからこれほどは無理だろう。
「通康、もしこれと戦うことになったら勝てるか」
「無理でしょうな。まずこれ以上の船を用意できるとは思えません。もちろん戦は数だけではありませんが船についている武器も桁違いといっていいでしょう。特にあの南蛮船。大筒がついているようです。あれでは火矢が届く距離に入る前に大筒で攻撃されてしまいます。それを掻い潜って火矢が届くようになったとしても鉄甲船には火をつけることはできないでしょう。それにこれほどの数の差があれば敵が乗り込んでくる前に火矢や火薬を使って船を沈めるでしょうな。はっきり言って勝てる様子が想像できません」
「であろうな。儂にも想像できん」
これが天下一と言ってもいいほど裕福な大名の海戦か。鉄甲船や南蛮船を作るのにもかなりの銭を必要とするはずだ。
「しかし因島はともかく能島は何を考えているのだろうな。普通に考えればこれを機会に惟宗につくという選択肢をとるのが最善の選択だろうに」
「申し訳ございませぬ。能島をこちらにつけることができなかったのは某の責任です」
「構わんよ。御屋形様もそうおっしゃっていた。だが村上武吉というのは不思議な男よな。わざわざ舅のお前が説得したというのにそれを蹴って因島と手を組むとは」
「そういう男です。自分の利害より義理を優先してしまうというより義理を優先しているふりをして最大の利益を得ようとする。強かな男です」
「面倒な男だな。その強かな男は何を狙っていると思う」
「そうですな・・・自分を高く売ろうとしているとかはどうでしょうか。惟宗は各地の水軍を一つに纏めて惟宗水軍という形で運用しています。武吉はそれに取り込まれるのを恐れているのかもしれません。ならばここで能島の実力を見せつけて惟宗水軍とは独立した形で惟宗の配下に入る。御屋形様は降伏した敵に対してはそれほど厳しくはありませんので可能だと考えてもおかしくはないかと」
なるほど、来島は儂の配下だからそれほど惟宗水軍に取り込まれているわけではない。だがほかの水軍は惟宗水軍という形で統一された。今まで独立を保ってきた武吉にとっては何としてでも避けようとするだろう。
「む、来たようだな」
戦の前に渡された望遠鏡とかいうものを覗くと遠くに船が見えた。旗印は因島と能島。敵だな。
「皆の者。戦の準備をせよ」
――――――――1562年4月1日 吉田郡山城 毛利隆元―――――――――
「そうか、因島と能島はやはり負けたか」
「はい。かなり手強く戦ったようですが多勢に無勢、最後は降伏したようです」
ついに瀬戸内に惟宗がやってきたか。今回の事で毛利と惟宗は戦になってもおかしくはなかった。だが父上は惟宗より尼子を優先した。いまの好機を逃せば尼子は義久のもとで一つになりかねなかったとはいえ交通の要所である瀬戸内に惟宗が進出してきたのは厄介だ。もしかするとこれほど早く戦が終わるとは思わなかったのかもしれない。
「その後どうなった。因島と能島が取り潰されたという話は聞いていないが」
「因島の吉充は家督を弟に譲り隠居しました。能島の武吉は子を元服させて元吉と名乗らせ家督を譲り隠居しました。ですが元吉はまだ10歳なので実権は武吉が握っているものと思われます」
「惟宗水軍には取り込まれないのか」
「どうやら手強く戦ったことが評価されてそのままのようです。しかし海賊行為は禁止されたのでそのうち不満が溜まるのではないかと。惟宗もそれは分かっているようで不満を抑えるために惟宗水軍には取り込まなかったのでしょう」
「そうか、こちらに来る様子はないな」
「はい、伊予に置いていた1万の兵の大半は撤収させたようです。どうやら三好がそれを要請したようです。おそらく六角との戦の際に背後を気にしながら戦いたくなかったのでしょう」
「そうか、ならば問題ないな」
そう言って満足そうに頷かれる。いまの父上の頭にあるのは尼子攻めの事だ。今年中に出陣して山吹城を落として石見銀山を掌握したいらしい。
「三好といえば六角・畠山との戦はどうなっている」
「久米田にて長慶の弟の実休が討ち取られたようです。その報告を受けて三好義興らは山崎城まで引いて六角勢が入洛したようですな。大和でも国人一揆がおきているようです。これは長引くでしょうな」
「ふん、尼子の背後を脅かしてもらおうかと思ったが無理そうだな。せいぜい仲良くしておいて惟宗への牽制ぐらいしかできそうにないわ」
「左様ですな。世鬼に命じて惟宗と三好の仲が悪くなるような噂を流しておきましょう」
「うむ、頼んだぞ」
「はっ」
私が一礼するとまた父上が満足したように頷かれる。
「隆元、すぐにとは言わんが尼子を滅ぼしたら完全に毛利の家督を譲ろうと思うのだが」
「無理です。そのようなことになれば私も隠居します」




