土佐
――――――――1561年4月20日 烏帽子岳城 土居宗珊――――――――
どたどたと人が近づいてくる音がしたのですぐに頭を下げる。その音はすぐ近くを通って上座の方に行き座る気配がした。
「久しいな、宗珊。面をあげよ」
「はっ」
国康様に促されて顔を上げる。上座には南蛮鎧を着た国康殿が厳しい顔をしてこちらを見ている。周りの当世具足を着た惟宗の家臣たちもかなり厳しい顔をしている。これはかなり厳しい交渉になりそうだ。
先月、我らが本山との戦をこのまま続けるか惟宗の仲介を受けて和睦を結ぶかで話し合っていると長宗我部が本山氏を再び攻め始めた。前から戦の準備をしていると聞いていたがまさか土佐一条家が方針を決める前に始めるとは思わなかったな。その知らせを聞いた御屋形様は和睦を主張するの者たちの意見を退けて戦の準備を始められた。まずは妹君が嫁いでおられる安芸氏に援軍を依頼するとすぐに2000の兵を出すとの約束を取り付けられた。おそらく戦か和睦かで話し合っているときから御屋形様は交渉されていたのだろう。惟宗にもすぐに知らされたのか出陣前に惟宗の使者が訪れてきたが御屋形様はお会いにならずに追い返されてしまった。
そして本山攻めのために出陣したが惟宗水軍が土佐一条家の水軍と長宗我部の水軍と湊を襲い壊滅状態に追い込んだ。その知らせを聞いた御屋形様は顔を青くしてすぐに領地に戻ったが惟宗が4万の兵を豊後にそろえていると聞くとすぐに戦をやめて和睦の使者を出すことを決定した。
「それで何の用かな」
「お恥ずかしい話ではございますが和睦を請いに参りました」
「和睦か。せっかく俺が仲介した和睦を断っておいてか」
やはり容易ではなさそうだ。おそらくさっさと土佐を制圧した方が楽だと思っておられるのだろう。だがそのようなことになれば土佐一条家が存続できるとは思えない。必ずやこの和睦を成立させねば。
「御屋形様は本山と敵対しても国康様とは敵対するつもりではございませんでした。それがこのようなことになりとても驚いておられました」
「ほう、土佐の事に俺が口を挟むのは不遜だと兼定が言っていたらしいがそれは間違いだったかな」
「はて。そのようなことを言われたとは聞いておりませんが。おそらく長宗我部あたりが言ったことでしょう」
実際は確かに御屋形様が言われたことだがそんなことで和睦が成立しないということになっては困る。あまり長宗我部の事は信用できないからあ奴に押し付けておこう。
「そうか、長宗我部が言った事で土佐一条家は関係のないことか」
「はい。全く関係のないことにございます」
「・・・そうか。ならば話を戻そう。俺としては我儘で名門意識の強い兼定や大きくなろうとする長宗我部や安芸とは和睦するより潰した方が楽なのだ。三好や毛利との関係がどう変化するか分からない以上不確定要素はできるだけ排除したい。つまり和睦をするつもりはない」
「今後国康様に逆らうような真似は致しませぬ。人質も出せと言われれば出しましょう」
「信用できんし人質など邪魔なだけだ」
どうやらかなり信用されていないようだ。それとも土佐を統治するうえで土佐一条家が邪魔になると考えているのだろうか。しかし人質を取らないとは聞いていたがまさか邪魔だと言われるとは思わなかった。さて、どう交渉したものか。
「もし和睦を受け入れていただけるのであれば長宗我部・安芸討伐に協力いたします。もちろん兵を率いるのは御屋形様です。正月の挨拶にも行きましょう」
「そのようなことを決める権限はお前にないだろう。それにそのような条件では事実上の降伏ではないか。兼定が認めるとは思えん」
「必ずや説得いたします」
「しかしなぁ」
そう言うと国康様が少し考え始めた。これを信用して頂けねば土佐一条家は徹底抗戦の道しかない。
「土佐一条家一の重臣がそこまで言うのであればよかろう。先程の条件と今年の年貢の3割を惟宗に納めるのであれば和睦を考えても構わんぞ」
年貢の3割か。かなりの量になるが認められないほどでもないな。
「ありがとうございまする」
「なに、一条本家からも和睦をと言われていた。それを受け入れただけにすぎん。たかが土佐一条家の事だけで朝廷との関係が悪化するのは避けたいからな。あとで一条本家に御礼でもしておくことだな」
一条本家が?最近は本家との付き合いはうまくいっていなかったのだが。本家は何を考えているのだろうか。ただの善意で和睦をと言ってきたわけではないはず。それに国康様は一条本家から和睦の依頼が来ていたというのに隠していたのか。おそらく初めから和睦を結ぶのは決定していて後は出来るだけ有利な条件で結べるよう隠していたのだろう。確実に和睦をまとめねばと焦ってしまったようだな。
「返事は早くしてくれよ。兵を待機させるだけでも銭を飛ぶように使うのだ。そうだな、10日以内に土佐一条家内で和睦と纏まらないようであればすぐに土佐攻めを再開する。そんなことはさせないでほしいがな」
「必ずや纏めてみせます」
「期待しているぞ」




