同盟
――――――――――1560年11月15日 久留米城―――――――――――
「同盟?」
「はい。誓紙を書くとは言ったのですがそれが認められないことには書けないと。何とか誓紙だけでもと交渉をしましたが先に同盟をとばかり。とりあえず御屋形様に尋ねてから返事をすると言って戻ってまいりました」
おかしいな。今回康広を送ったのは不可侵条約を結ぶためだったはずなのに。三好も近くに面倒な敵を抱えている以上すぐに認めると思ったんだけどまさか同盟をと言ってくるとは思わなかった。
「そうか。御苦労だったな。今日は疲れておろう。もう下がってよいぞ」
「はっ。失礼いたします」
そう言って康広が下がる。さて、三好との同盟か。いまは全盛期と言ってもいいくらいの勢いだが、たしか来年あたりに弟の十河一存が死ぬはずだ。そしてその数年のうちに弟の三好実休や嫡男の三好義興など有力な一族が相次いで死ぬことによって三好政権の基盤が揺らぐことになる。そして1562年には六角や畠山などの反三好勢力が挙兵して一時は六角勢が京に入るなど三好長慶にとっては厳しい状況が続くはずだ。康広を送ったのは毛利と敵対したり土佐を攻める時に三好が出てきたら面倒だなと思って念のためのつもりだったんだけどな。まさかここで同盟なんて言い出すとは思わなかった。
せっかく誓紙の内容もその気になればいつでも破棄できるよう帝や大樹に危害を加えない限りとしておいたのに。たぶん三好としては惟宗と手を結ぶのであれば不可侵条約より同盟の方が安心できると思ったのだろう。土佐も惟宗の勢力下に入れば四国の大名は惟宗と三好だけになる。そこで惟宗が四国での領地拡大をやめると思わないかもしれない。いずれにせよ三好は惟宗の事を危険視しているのは間違いない。
俺としては三好と同盟するのは避けたい。これから衰退するのが分かっていることもそうだがあまり畿内の争いに巻き込まれたくないというのもある。いちおう天下を目指そうと思えば目指せる立場ではあるが毛利などの不安要素があるのに畿内の争いに関わるのは危険だ。まずは畿内より毛利。毛利は放っておくには危険すぎる。そのための不可侵条約だったんだけど逆に巻き込まれるなら現状維持の方がいいな。よし、伊予にいる兵の数を1万に増やそう。どうせこっちに構っている余裕はなくなるのだ。それなら精いっぱい足を引っ張ってやる。
―――――――1560年12月10日 吉田郡山城 毛利隆元――――――――
「惟宗と尼子が連絡を取り合っているだと」
そう言って父上が書類から目線を外し顔を上げる。
「はい。世鬼からの報告では惟宗からは武田康繁が、尼子からは亀井秀綱が相手方に出向いたそうです」
「武田康繁?あの安芸武田氏の生き残りか。聞いてはいたがかなり重用されているの。安芸武田氏を滅ぼした時に草の根を掘り返してでも探し出して殺しておくべきだったか」
確かに毛利の事を快く思っていない康繁が重用されているというのは不安だな。これが毛利にとって不利にならなければよいのだが。
「どのような話があったか分かるか」
「いえ、残念ながらそこまでは。しかし尼子の重臣がわざわざ惟宗のもとに赴いている以上、尼子にとって重要なことなのでしょう」
これまでに惟宗と尼子の間でやり取りがあったという話は大内健在の時を含めても聞いたことがない。いったいどのような話をしていたのだろうか。
「確か三好にも使者を送っていたな。それから土佐一条家にも」
「はい、そのように聞いています」
「惟宗に妙な動きはないか」
「伊予に置いている兵の数を1万に増やそうとしています。それから将も東時忠と千葉康胤が加わりました」
「そうか・・・もしかすると惟宗は我らとの和睦を破棄するつもりかもしれんな」
えっ。なぜそのようなことになるのだ?惟宗と毛利はそこまで仲が悪くかっただろうか。
「考えてもみよ。惟宗が土佐以外に領地を広げるには毛利か三好を攻めねばならん。どちらが攻めやすいかは考えるまでもなく毛利だ。おそらく伊予に兵を置いたのは水軍を使って一気に安芸に上陸するため。三好と土佐一条家に使者を送ったのは毛利攻めの時に面倒事を起こさせないようにするためじゃろう」
「しかし惟宗は一度も自分から約を違えたことはありませんよ。その惟宗が和睦を破棄など」
「一度もないからこそ奇襲になる。それに尼子に使者を送っていたということは対毛利で同盟を結べばそこまで信用を落とすことにはならんだろう。そうでなくとも大内隆弘が惟宗のもとにいる以上、惟宗には大義名分はある。油断はできん」
惟宗と尼子が同盟か。もしそのようなことになればかなり厳しいことになるな。
「隆元、お前には周防と長門の兵を任せる。毛利に反抗的な大内の遺臣への牽制と惟宗が攻めてきたときに備えよ」
「はい」




