河野氏
――――――――――――1560年3月20日 湯築城 河野通宣―――――――――――――
「殿、惟宗が伊予に上陸して宇都宮氏の居城である大洲城を約35000の兵で囲んでいると知らせが参りました。おそらく宇都宮からも援軍の要請が来ます。すぐに軍議を」
部屋の外から平岡房実が呼び掛けてくる。いやじゃ。ただでさえ四国の国人たちや家臣の反乱だけでも手を焼いているというのに九州の覇者である惟宗と戦うなど。
「殿、お急ぎくだされ」
「分かった、すぐに軍議を行う。皆を集めてくれ」
「はっ」
あぁ、言ってしまった。毛利と婚姻関係になっている以上いつかは来るだろうと思っていたが惟宗と敵対なんて。はぁ、さっさと攻めてこないだろうか。そうしたらすぐに降伏することができるというのに。どうせ皆は毛利の援軍を期待して徹底抗戦を主張するに違いない。だが援軍は絶対に来ないはずだ。いま毛利は尼子との戦で手一杯。とてもではないが伊予に兵を送る余裕も惟宗と敵対する理由もないだろう。
はぁ、なんでこのようなことになったのだろうか。そもそも宇都宮が西園寺を叩こうとしなければよかったのだ。そうすれば惟宗とて伊予に攻め入る口実がなくなる。そのうち土佐で一条が負ければそっちに気を取られただろう。その間に少しずつ侵略していけばよかったのだ。ええい、こう考えていると今の苦悩は全て宇都宮が元凶な気がしていたな。もう滅びかけの家にかまってられるか。軍議の際にすぐに惟宗に降伏すると皆に伝えよう。
大広間に行くとすぐに皆が頭を下げる。
「皆集まっているな。面をあげよ」
「はっ」
儂が促すと皆が頭を上げる。
「さて、皆も聞いていると思うが惟宗が攻めてきた。房実、詳しい報告を」
「はっ。惟宗の兵の数は昨年上陸してきた兵と今回やってきた兵を合わせて約35000です。上陸してからすぐに宇和郡の宇都宮方の城を制圧すると逆に宇都宮の居城である大洲城を囲んでいます。宇都宮の使者はいつ落城してもおかしくはないので早急に援軍をと言っています」
思っていたよりひどいな。
「報告御苦労。さて、我らは宇都宮より援軍を求められている。毛利に頼むという手もあるがおそらく来ないだろう。その上で如何するべきか意見を述べてほしい」
そう言って周りを見渡す。とりあえず徹底抗戦と言ってくるものがいたらすぐに反論してうまいこと降伏するように仕向けよう。
「某からよろしいでしょうか」
そう言ったのは通康だった。通康は瀬戸内最強と名高い村上水軍を率いている。この前も惟宗水軍に敗れて補給路を断たれる原因となった毛利水軍の事をかなり馬鹿にしていた。いわく村上水軍が協力していたらあのような無様な姿をさらすことはなかった、毛利水軍も情けないというものだ。おそらく惟宗水軍の事も下に見ているのだろう。絶対に敵対を迫ってくるはずだ。必ず論破して降伏して見せるぞ。
「某はすぐに惟宗に降伏するべきかと思います」
「えっ。通康は降伏すべきと思っているか」
「はい。殿にとっては苦渋の決断となるでしょうがこれが河野家にとって最善の選択かと思います。能島の者たちも惟宗に近づいているようです。もちろん水軍では負けるつもりはありませんが少なくない犠牲が出ます。それは兵の数で圧倒的に負けている我らにとっては命取りになります。ここは御家の存続のためにも惟宗の下につくべきかと」
「そうか、分かった」
意外だな。降伏なんて考えてもいないと思っていたのだが一度は河野家の後継者に名乗りを上げただけに周りを見て状況を判断するぐらいはできるらしい。さて、ほかの家臣たちはどうかな。
「私も通康殿の意見に賛成です」
次に発言をしたのは房実だった。
「少なくとも宇都宮に味方することは論外だと考えています。宇都宮に味方したところで大洲城の救援はほぼ不可能でしょう。むしろ助けに行けば全滅すら考えられます。それに惟宗は敵対している国人や大名には厳しいですが降伏する、味方になると言った国人たちにはそこまで厳しくないと聞いています。それに三好の盾としての利用価値を示せば我らを残そうとするはずです。領地を一部減らされるかもしれませんが家名を残すことができます。殿にとって戦わずに惟宗に降伏というのはあまり愉快ではないでしょうがここは河野家のためにも降伏を」
そう言って房実と通康が頭を下げるとほかの家臣たちもそれに倣う。もしかすると儂が来る前に皆で話し合って降伏すると決めていたのかもしれんな。
「皆の意見、よく分かった。我ら河野家は惟宗に降伏する」




