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帰国

―――――――――――1559年4月10日 久留米城――――――――――――

「父上!」

「おぉ。都都熊丸ではないか」

帰国してこれから溜まっているであろう仕事をしようと自室に戻ると都都熊丸が一人、部屋で待っていた。いまの時間だったら手習いのはずなんだけどな。

「いかがした。一人でこんなところにいるなんて」

「父上に京の話を聞きに来ました。京はどのようなところだったのですか?御婆様から帝に拝謁したと聞いています。ぜひその話もしてください」

都都熊丸が前のめりになってせがんでくる。母上、余計なことは言わないでくださいよ。ま、都都熊丸とはあまり話していないからちょうどいいかな。

「おぉ、いいぞ。しかしこの時間は手習いのはずではないか。ちゃんと傅役たちの許可はとってきたのだろうな」

「も、もちろんです。勝利も頼安も尚久もいいと言っていました」

「本当だな?」

「は、はい」

おい、思いっきり目が泳いでいるぞ。これは許可を取らずに抜け出してきたな。まったく、誰に似たのか。それに外が少し騒がしくなっているぞ。あれは尚久と盛廉の声だな。たぶん盛廉はたまたま近くにいて一緒に探しているのだろう。

「ならばなぜ尚久が誰かを探しているような声がするのかな」

「さ、さぁ。気のせいではないですか。私には聞こえませんが」

もはや挙動不審としか言いようがないくらい慌てているな。それに声がだんだんとこっちに近づいてきている。あ、もう部屋の前まで来たな。

「失礼いたします」

そう言って尚久と盛廉が入ってくる。都都熊丸は逃げ出そうとしたのですぐに捕まえた。

「あっ。やはり御屋形様のところに来ていましたか。申し訳ございませぬ。都都熊丸様、手習いの時間ですぞ」

「嫌じゃ。父上から京の話を聞くのだ」

「都都熊丸様っ。なりませんぞ」

厳しいな。もし親父がもう少し当主であったら俺もこんなふうに叱られたのかな。ま、ここは都都熊丸を助けてやるか。

「まぁ良いではないか。少しぐらい話をするだけだ」

「なりません。御屋形様は仕事が山のようにあるのです。そのようなことをする暇はございません」

あっさり盛廉にだめだと言われた。ていうか山のようにあるの?もう少し早く戻ってくればよかったかな。

「さ、手習いに参りますぞ」

そう言って尚久が都都熊丸を連れていく。あとで話をしてやるか。京でいい将棋の駒と盤を手に入れたから将棋でもしながら話そう。政千代と母上・鶴たちも呼ぼうかな。それから嫁いできた阿弥殿をちゃんと紹介しておかないとな。久しぶりに家族団欒を楽しめそうだ。

「しかし都都熊丸様は御屋形様にそっくりですな」

「そうか?」

「はい。特に手習いを抜け出してどこかに行こうとするところなんて御屋形様ぐらいかと思っていました」

いや、信長も抜け出していたらしいぞ。この間話してきたから間違いないはずだ。そういえば本当に上総守を名乗っていたな。

「さて、では山のようにあるという仕事をするとしようかな」

「左様ですな。すぐに小姓たちに運ばせましょう」


――――――――1559年4月20日 吉田郡山城 毛利隆元――――――――

「ふん、やはり無理であったか」

「はっ。申し訳ございませぬ」

「構わん。惟宗も油断していなかったということであろう。三好も領内で死なれたくないだろうしの。もうよい、下がれ」

「はっ」

父上に言われて政時が下がる。しかしまさか世鬼に惟宗国康の暗殺を命じていたとは。そのような話は聞いていなかったな。やはり父上にとって私は頼りない存在なのだろうな。

「父上、なぜあのような命令を下されたのですか。せっかく背後を突かれる可能性が格段に減ったというのに」

「惟宗国康がどれほど警戒心を持っているか確認しておきたくての。少数の世鬼で殺せるような者であるかどうか。殺せるようであれば都合の良い時に殺していっきに九州を制圧するのも悪くないと思っての。惟宗の嫡男はまだ幼い。必ず混乱するはずだ。だが全く油断していなかったところを見ると先に尼子だわ」

「せめて私に一言いってからにして欲しかったです」

いくら頼りなく実権がなくても当主は私なのだ。一言ぐらいあっても良かったと思うのだが。

「言ったら反対したであろう。それより尼子の動きはどうなっておる」

「今は毛利より浦上と考えているようです。義久が晴久に代わって攻め込んでいます。また、備中上房郡に攻め込もうとしていると噂が流れています」

「上房郡か、確か三村がいたな。念のため知らせておけ」

「はっ」

「大内の残党はどうしている」

「もう歯向かおうとするものはいないようです。しかし不満を抱えているものたちの中には豊後で惟宗に匿われている大内隆弘を呼び戻そうとしているものもいるようですので油断はできないかと」

「ふん、まだ大内が残っていたのか。惟宗に匿われているのであれば暗殺も難しかろう。監視を強化しておけ」

「はっ」


「そういえば隆元。最近酒を飲む量が増えて来ているとあややに聞いておるぞ」

「左様でしたか」

「あまり飲み過ぎるのはいかんぞ。儂の父上も兄上も酒のせいで早死になされた。お前には儂の跡を継いで毛利を導かねばならんのだ。せめて幸鶴丸が当主になれるぐらいまでは生きてもらわねばならんぞ。たまには鷹狩でもしてはどうだ」

「はい。ある程度落ち着いたらそうします」

だが酒でも飲まないことにはどうも耐えられん。ま、少し量を減らすことにしようかな。

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