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上洛

――――――――――1559年1月30日 堺 金森長近――――――――――

「長近、堺はすごいな。熱田や津島も栄えておるがそれとは比べ物にならん。これほど栄えている湊はそうないだろうな」

「左様にございますな」

我が殿、信長様が興奮したように周りを見ながら話される。領内に良い湊があるからこのような場所は気になるのだろう。ここに来る途中で会った美濃の刺客どもの事などはもう忘れてしまっているかもしれんな。


「このような場所に来ることができただけでも今回の上洛は意味があったな」

「それはようございました。殿が気に入っている火縄銃についても知ることができましたし、そろそろ京に向かいませぬか」

「む、もうそんな頃か。流石に大樹の上洛命令できている以上、早く御挨拶に行かねばな。尾張守護でももらえれば良いのだが」

そう言って名残惜しそうに宿の方へ向かおうとなさる。ようやく堺から出ることができるか。


「すみませぬ、もしや織田様の御一行にございますか?」

声をした方を見るとそれなりの格好をした小姓と思われるものが我らに近づいてきた。どこのものだろうか。

「左様だが、どなたかな」

殿が返事をなさる。顔が少し訝しんでいるような表情をなさっているな。

「某は惟宗国康が家臣、吉弘千寿丸と申します。我が主人、国康様が織田様が堺に居られると聞き是非お会いしたいと申しております」

「なにっ?あの九州の惟宗国康殿が俺に会いたいと」

殿が驚いたように声を上げる。惟宗にも上洛命令が出ていると聞いていたがまさかこのような場所で会うことになるとは。それも国康様の方から声をかけられるとは。いったい何の用だろうか。

「殿、如何なされますか」

「もちろん会おう。立場は向こうの方が上だし国康殿と話ができる機会などそうそうないだろうからな」

「では、某が案内を仕ります。どうぞ、こちらへ」



千寿丸殿に連れられてやって来たのは大小路にある天王寺屋だった。ここに九州の雄として名高い惟宗国康様がいるのか。殿がほかの供の者にここに残るよう命じてさっさと天王寺屋に入る。

「これは織田様、ようこそおいてくださいました。某、天王寺屋の跡取りの宗及と申します」

店に入るとすぐに若い男が出て来た。どうやらここの跡取りらしい。

「国康様より話は聞いております。こちらへどうぞ。ご案内いたします」

そういうと千寿丸殿に代わって店の奥へ案内される。

「長近、国康殿はどのような方だと思う」

「さて、どうでしょうな。世間での評判では大男だとか、鬼のような顔をしていると言われているようですが世間の評判などあまり当てにならないのは殿が身をもって知っておられるかと」

「それもそうか」


「この奥の部屋に国康様はおられます。店の者にはお茶をお出しするとき以外は立ち入らないよう命じております。どうぞごゆっくりと」

そう言って宗久が下がる。

「では参るか」

殿はいつもと同じような面持ちで部屋に向かう。

「失礼いたす」

部屋に入ると南蛮の椅子と机が置いてあり、若い男が二人座っていた。顔が似ているところを見るとおそらく国康様と弟の康正殿だろう。戸に近い方の男が殿が入るのを見ると立ち上がった。

「おぉ、よく来て下さった。某が惟宗朝臣肥後守国康にござる。こちらは弟の康正です」

「ご丁寧に痛み入ります。織田平朝臣上総守信長にございます。こちらは家臣の金森長近です」

「ささ、お座りくだされ。立ったままでは話しにくいでしょう」

「では、失礼いたす」

そう言って殿が国康様の向かいに座られる。南蛮の椅子には初めて座られるはずなのだがまったく違和感のない。しかし国康様には全く傲慢というか偉そうなところはないな。殿を対等の相手として扱っているように見える。

「いや、貴殿の噂は九州でも耳にしておりましてな。ぜひ一度お会いしたいと思っていたのですよ。何でもあの名将である朝倉宗滴殿もあと3年生きて信長殿の行く末を聞き届けたいと言ったとか」

「尾張の虎の息子がうつけと聞いてどう滅ぶか気になったのでしょう。九州の噂もそのようなものだったのでは?」

「そのようなことを言う愚か者もいましたな。しかし楽市楽座を行い、熱田や津島を繁栄させている。戦でも火縄銃に早くから目を付け銭で兵を雇う。そのような方が噂通りうつけであるはずがないと思っていましたよ」

「有り難いお言葉です。しかし火縄銃を最も早く取り入れて大量生産を成功させ、銭の兵も某より早く取り入れた国康殿には劣ります」

「そう謙遜なさるな。火縄銃を早く取り入れることができたのは偶々ですよ」

そう言って恥ずかしそうに頭をかく。なんだか思っていたような方ではないな。殿のように天才肌の方かと思っていたがそのような様子はない。かと言って凡人かといえばそういったわけでもない。なんというか自分の能力を低く見ているように感じるな。


その後は周辺の大名や大樹の話、これからの天下の行方について、家臣や奥方様の話など様々な話をなさった。某は康正殿と雑談をしていた。

「ところで信長殿は甘い物はお好きかな」

「えぇ、かなりの好物です」

「それは良かった。実は上洛する前に南蛮の菓子を作ることに成功しましてな。ぜひ信長殿に試食してもらいたい」

そう言って後ろからガラスと思われる器に盛られた妙な菓子を取り出して机の上に置いた。

「これはこんふぇいと、という菓子でしてな。日ノ本の言葉でいうと金平糖といったところですかな。惟宗領で生産された砂糖のみで作られた菓子です。ま、おひとつどうぞ」

そう言って国康様は金平糖とやらをひとつ摘んで口の中に入れた。

「では、ひとつ」

国康様が食べられたのを確認してから殿も食べられる。これは美味な。今までに食べたことのない味だ。

「これは美味ですな。それにこのガラスの器も素晴らしい。大変珍しい物なのではないですか?」

「いえ、金平糖は砂糖と道具さえあれば作れますし、ガラスのほうも大量とまではいきませんが多くのものを作れるようになりました」

「素晴らしいですな」

「そう言っていただけるとこれに関わった者たちも喜びましょう。如何でしょうか、惟宗と織田でこれらの品々を交易をするというのは」

「それは良いのではないでしょうか。国に戻りましたらすぐに順光に命じておきます」

「宜しく頼み申す。今川などで面倒でしょうが良い関係を続けていきたいものですな。では、某はこの辺りでお暇させていただきます。明後日には上洛して康正の結納をせねばならないので。あ、金平糖とこのガラスの器は差し上げますのでゆっくり食べて行ってください」

そう言って国康様と康正殿は部屋を出て行かれようとする。はぁ、なんとかうまくいったかな。朝廷や幕府に大きな影響力を持つ国康様の機嫌を損ねれば今回の上洛は失敗しかねない。


「そういえば上総国は親王任国ですので上総守を名乗ることはできませんぞ。信長殿」

「えっ」

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