毛利襲来
―――――――――――1558年6月15日 鷹取山城―――――――――――
「面をあげよ」
「「「はっ」」」
皆が一斉に顔を上げる。しかし多聞衆から毛利の忍びに妙な動きがあると報告は聞いていたがまさか麻生を寝返らせようとしていたとはな。たぶん大友も絡んできたのだろう。面倒だな。
今月の頭に毛利が約2万の兵を率いて豊前に上陸して門司城を含む関門海峡に面している諸城を攻め落とした。その毛利の軍勢には麻生の旗もあった。その時点で初めて麻生が毛利に寝返ったことに気付いた。今は俺が援軍を率いてきたのを聞いたからか、長野城に兵を終結させている。
いやぁ、毛利が攻めてきて麻生が寝返ったと報告を受けた時は焦ってしまったな。史実でも毛利はこの時期に九州攻めを行っていたが歴史が変わったからないと思っていたんだけどな。大友の密使が毛利によく行っていると報告は聞いていたけど本当にあの元就が大友に煽られて攻めてくるとは思わなかった。いや、元就ではなく家臣達が煽られたのかな。毛利は大内を滅ぼしたことでかなり大きくなったが家臣たちの発言力は大きい。家臣というか半独立領主みたいなものもいる。そんな家臣たちに突き上げられたら元就でも攻めざるを得なかったかな。一回負ければ家臣たちもあきらめるかもしれないし、和睦を結べばむしろ惟宗に背後をつかれる可能性が低くなる。なにせ惟宗は俺の代になってから一度も約束を破っていないからな。毛利と同じ成り上がりの惟宗を敵視している大友なんかよりよほど信用できるだろう。尼子も気になるだろうしな。
大友は惟宗が毛利に手間取っているうちに筑後に攻め入ろうとするだろうな。そのために毛利を動かしたはずだ。もちろんそんな真似はさせるつもりはない。とりあえず康胤に1万の兵を任せて大友の備えに置いてきた。日向・大隅・薩摩の兵は今回連れてきていないからいざとなれば日向から豊後に攻め入れる。1万ぐらいで十分だろう。
「さて、軍議を始めるか。経治」
「はっ」
こちらに一礼して皆の方を見る。
「御屋形様に代わり説明させていただきます。まず長野城に集結している毛利ですが、これには御屋形様が率いる25000の兵で攻めます。そして別働隊15000は毛利についた麻生を滅ぼすべく遠賀郡に向かいます。この別働隊を率いるのは調親殿にお任せ致します」
「はっ」
「そして水軍は関門海峡にいる毛利水軍を破り、敵の補給路を遮断していただきます」
「「はっ」」
康範と宗像千代松が頭を下げる。元服前だけど大丈夫だよな。
「おそらく大友が豊前か筑後に攻め入って来るでしょう。毛利を追い払うまでは康胤殿が食い止め、追い払い次第大友討伐に向かいます。以上ですが何か質問のある方は?」
経治が周りを見渡すが誰も質問をしない。大丈夫みたいだな。経治が俺の方を見る。
「では、皆のもの。出陣だっ」
――――――――1558年6月25日 長野城 井上春忠―――――――――
「妙だな」
外を見ていた隆景様がふと呟く。
「いかがなされました」
「妙だと思ってな。隆家が1万の兵を率いて麻生の援軍に向かった。この城には1万の兵しかいない。惟宗の兵は25000で我らより多い。なのに小競り合い程度の戦しかしていない。あの戦が速い国康が率いているというのに動きが遅い」
「確かにそうですが・・・もしかすると隆景様の知略を恐れているのかもしれませんな」
「だといいのだがな」
外を見ながら表情を動かさずに話される。
「大友はどうしている」
「昨日出陣したとの報告を受けましたが」
「惟宗は大友に対してどれほど備えの兵を置いている?」
「1万ほど置いていると聞いています。将は千葉康胤です」
「康胤?あの国康のお気に入りと聞いているが大友の相手ができるのか」
初めて外から目を離しこちらを見る。どうやら気になったらしいな。康胤はまだ若いが兵法衆とかいう重臣の一員だ。
「どうでしょうか。配下の将にはなかなか優れたものがいるようですが康胤の評判はあまり聞きません。ただ実力のあるものを重用する国康が愚かなものを兵法衆に加えるとは思えません」
「そうか」
それだけ言うと再び外に目線を動かす。だが隆景様はぶつぶつと何かを言っている。
「では大友が康胤に負けたとしたら・・・康胤が率いる1万に今回出陣していない日向・大隅・薩摩の兵が加えて大友討伐が行われる。おそらく惟宗は大友討伐のために大友家臣の調略をすでに行っているはず。一気に大友は崩れ去るだろう。まさか国康はそれを待っている?いや、それは時間がかかりすぎる。その間に私か隆家が惟宗を破ったら意味がなくなる。ならば何を待っているのだ。隆家が負けるのをか、それとも私が隙を見せるのをか」
これはいま話しかけては機嫌が悪くなるだけだな。静かに下がるとするか。
「だいたい、父上も何を考えているのか。これでは尼子と敵対しながら九州でも戦わないといけなくなる。最悪の場合は尼子と惟宗が手を組むことになるぞ。兵の数でも劣っているというのに勝てるとでも思っておられるのだろうか。それとも耄碌したか?いや、あの父上に限ってそのようなことはないだろう。それに出陣前の父上が大友が動くまで積極的に動く必要はないと言われていたことも気になる。いったい何を考えているのか」
「も、申し上げます」
下がろうとすると二人の城番が急に入ってきた。
「なんだ」
隆景様が不機嫌そうに振り返る。
「隆家様が惟宗の別働隊に敗れました。そして麻生領がすべて惟宗に押さえられました」
「隆家はどうしている」
「引地山城に撤退しています。惟宗はそれを追って引地山城を包囲しています」
まずいな。このままでは退路を断たれてしまうかもしれない。
「そっちはどうした」
「関門海峡に惟宗水軍が現れ、毛利水軍が敗れました。これにより補給路が断たれ九州に送られる予定だった兵糧等が届きません」
「なんだとっ」
毛利水軍が負けただと。補給路が断たれたとなれば九州にいる毛利勢は飢えとの戦いになってしまう。百姓から徴収するという手もあるが焼け石に水である上にいらぬ反感を買ってしまう。
「まさかこれを待っていたというのか。補給路が断たれれば我らが慌てて門司に引き返そうとすると考えた。惟宗は毛利本隊と一度も戦をせずに退けることができる」
まさか、国康はそこまで考えているのか。む、また騒がしく城番が入ってきたな。
「申し上げます。大友が筑後に攻め入り惟宗に撃退されました。それと惟宗の和睦の使者として柚谷康広が参りました」
「和睦だと。ここまで有利だというのにか?いや、それだけ大友討伐をしたいということか。間違いなく毛利と大友の密約のことは知っていて大友を引きずり出すためにわざと国康自ら出陣したのか。そして和睦をと言われれば受け入れざるを得ない。くそっ。父上に叱責されるだろうな・・・いや、これが父上の狙いか?ここで和睦を受け入れてもそこまで失うものはない。しかし和睦をして大友が滅べば九州方面はむしろ安定する。惟宗から和睦を破られることはないだろうから尼子攻めの時に背後を警戒する必要がない。全兵力を使って尼子攻めを行うことができる。そうか、だから父上は大友の提案を受け入れたのか」
そういうと隆景様は勢いよくこちらを向かれた。
「すぐにお迎えしろ。できるだけ丁重にな」




