豊前侵攻
―――――――――――1557年2月30日 引地山城―――――――――――
「お初にお目にかかります。宇佐神宮が大宮司、宮成公建にございます。以後お見知りおきを」
「惟宗国康だ。面をあげよ」
「はっ」
目の前の男が顔を上げる。かなり苦労しているような顔だな。実際史実でもこの歴史でもかなり苦労している。そもそも宇佐神宮は全国の八幡宮の総本山で豊前にかなりの荘園を持っていた。そして大友と大内が豊前に進出してくると宇佐神宮は大内方についた。だが大寧寺の変などがあって豊前が大友に割譲されて義鎮がキリスト教に入信すると宇佐神宮はかなり不利な立場になると考えた。そして何かされる前に反抗しようと大神系の国人たちが反乱を起こすときに便乗して反旗を翻した。
だがそれは鎮圧されて宇佐神宮は焼き払われた。義鎮は逆らったから焼き払うと言ったがどう考えてもキリスト教のためだろうな。焼き払われる2年前には三之御殿を造営したばかりだったというのに勿体ないな。その後はこの引地山城で匿われていたらしい。この城の城主は宇佐神宮系の国人だったのだが海を隔ててすぐそばが大内氏だったということもあって反乱には同調しなかった。だが宇佐神宮を焼き払われたのを見て義鎮に不満を持ち匿うことにしたらしい。
「それで道案内をしてくれると聞いているが」
「はっ。不肖ですが務めさせていただきます」
「見返りは宇佐神宮の再興かな」
「叶うのであれば」
どうしようかな。再興をしたら豊前にかなり大きな寺社勢力ができることになる。それはあまり愉快なことではない。だが大友の家臣の中にもいまだ宇佐神宮を信仰している者も多いだろう。なにせ祭っているのは清和源氏、桓武平氏など全国の武家から武神のとして崇敬されている八幡神だ。その縁を使えば調略もかなり楽になるだろう。さてどうするか。
「よかろう。文書として確かめられる場所であれば荘園も返還しよう」
「ありがとうございまする」
「だがその分しっかり働いてもらうぞ」
「もちろんにございまする。必ずや豊後まで案内させていただきます」
「いや、今回の戦で攻め取るのは豊前だけだ」
まず俺が率いる本隊20000が中津街道を南下して各城を落とす。そして盛円が率いる別働隊15000が秋月街道を北上して各城を落とす。そして惟豊が率いる留守隊は日向・阿蘇・筑後で豊後の大友を牽制している。盛円は家督を継いでから初めての戦だな。今回は盛廉もいないからしっかり務めてほしいな。ちなみに盛廉は家督を譲ったあとは隠居しようとしていたがそれは早いと相談役に任じて康正の補佐を命じている。
「ではこのまま軍議を行うぞ」
「「「はっ」」」
―――――――――1557年4月1日 中村館 土居宗珊――――――――――
「宗珊、やはり大友につかなかった判断は正しかったな」
「左様ですな」
御屋形様は手紙を読みながら満足そうにされている。その姿はなんというか少し背伸びしたいようにも見えるが最初はそれでいいだろう。なにせ御屋形様はまだ15なのだ。本来であれば父親の助けを貰いながら少しずつ当主としての仕事を覚え始める頃だ。だが先代は御屋形様がまだ幼い時に突然自害なされた。そのせいで御屋形様は幼くして当主を継ぐことになった。しかし幸いにも本家から房通様が後見のために下向して頂いたことでそれほど混乱はなかった。だがこれからはそう上手くいかないだろう。房通様は先年亡くなられたことで後見をする方がいなくなった。それに本家を継いだ兼冬様ともあまり仲がよろしくない。土佐一条家を発展させるためにも曽衣殿とともにしっかりと御屋形様を御支えせねばな。
「しかし大友がこれほど弱いとは思わなかったな。母上にはかなり怒られたがそなたたちの言う通りにしておいてよかった」
確かに大方様の説得はかなり困難を極めた。大方様にとって大友は実家、当主の義鎮殿は兄にあたる。身内同士で敵対するのは嫌だったのだろう。
惟宗が二手に分かれて豊前に攻め入ると大友はすぐに援軍を出した。ここで豊前を見捨てれば家臣たちの離反を招きかねないと見たのだろう。だが惟宗は大友の援軍とは戦おうとせずその間に肥後・日向に兵が集められた。豊後を攻め取られると思った大友の援軍はすぐに豊後に戻った。肥後・日向の兵はそれを見るとすぐに兵を引いた。そしてその間に国康殿率いる本隊と別働隊は豊前を制圧した。大内も毛利に滅ぼされたことで大友は窮地に追い込まれている。まぁ、大友が筑後に攻め入った時に惟宗勢を破っておきながらちょっとも領地を奪うことができなかった。その時点で大友は詰んでいたと言っていいだろうな。
「御屋形様、大友が弱いわけではなく惟宗が強いから大友が弱く見えてしまうのではないかと」
「というと?」
「惟宗は天下でも群を抜いて豊かな大名です。博多・坊津といった良い湊、筑後・肥前にまたがる平野、菱刈・串木野で見つかった鉱山。それらに支えられて揃えることができる鉄砲などの強力で高価な武器。大友にはないものが多くあります」
「なるほど」
「それに惟宗は分国法を作るなど恣意的に政を行うことはしません。ですので国人たちは惟宗を信用してついていきます。対して大友は自らの都合のよい家臣を重用し、諫言をする家臣は遠ざけます。これではついてくる国人はいないでしょう」
「しかし惟宗は年貢は安く、関も廃させていると聞く。これに不満を持つ者もいるのではないか」
おぉ。御屋形様はそのようなところまで見ておられるのか。これは将来が楽しみだな。
「さすが御屋形様です。よくぞ気付かれました。確かにはじめはそのことに不満を持つ者もいるでしょう。しかし惟宗は代わりの財源を提供しています。石鹸や清酒ですな。ですのでその不満はいずれ消えていきます。ようはどれほど国人たちを締め付け、どれほど国人たちに利益を渡すかということですな。この加減は御屋形様が決めねばならないことです。他のものに任せてばかりでは腐敗に繋がりかねません」
「うむ、俺がしっかりとしていないといかんな」
頼もしいな。我ら家臣一同、力を合わせて御屋形様を支えねばな。
「ところで俺と国康殿ではどちらが偉いのだ?」
「それは・・・難しいですな。国康殿は九州探題に任じられ、九州で最も力を持つ大名ですが官位は従五位肥後守です。それに対して土佐一条家領地こそ惟宗に劣りますが摂関家の一条家の分家で、御屋形様の官位も従三位左近衛少将と上です。なのでどちらかといえば御屋形様の方でしょう」
「ふむ、そうかそうか」
御屋形様は満足そうに頷かれる。少し名門意識が強いようだな。これは少しずつ直していかないといかんな。あとで曽衣殿と相談しなければ。




