密約
――――――――1556年7月1日 吉田郡山城 毛利隆元―――――――――
「ふん、うまくいかんの」
父上が手紙を読んでそう呟かれた。なにかあったのだろうか。
「いかがなされましたか」
「なかなか須々万沼城を落とすことができないようだ。もともと須々万沼城はかなりの堅城だがそこに玖珂郡の敗残兵が加わったことで数千の兵が籠っているようだ。道理で隆景が撃退されるわけだわ」
「それは厄介ですな。今年の刈り入れが終わりましたら私が兵を率いて攻め込みましょう」
「む、その方がか」
ぎょろりと睨むように私を見る。これでも私は毛利の跡取りなのだ。それぐらいやらねば父上が亡くなった後に元春や隆景が好き勝手してしまう可能性があるしな。
「ま、よい。ちと頼りないがその方は跡取りだからの。経験は積んでおいた方がよかろう。だが無理はするな」
「無論、そのつもりです」
幸鶴丸の元服姿を見るまでは死ぬ訳にはいかないからな。
「それに尼子も少し妙な動きをしている。どうやら石見銀山に興味があるようだな。もしかしたら惟宗が金山を見つけたことに触発されたかもしれんな」
「たしか菱刈と串木野、それから指宿で金山が見つかったのでしたね。それも惟宗の直轄地にしたとか。石見銀山は商人の独自権益となっていますからな」
「あぁ。津料だけでもかなりの額になるからそれは良いのだがな。もし今回見つかった金山が石見銀山ほどの量の金銀を生産するようになったらちと厄介なことになるやもしれん」
それは・・・確かに敵対することになれば厄介だな。ただでさえ惟宗の財力は脅威なのだ。そこに大量の金銀が加われば天下で最も大きい財力を持つ大名に成長するはずだ。おそらくそのことは国康殿も分かっているだろう。鉱山の責任者に康正殿を据えたところを見るとどれほど重要視しているか分かるものだ。
「しかし大友にも困ったものだ。なぜあのような時に戦を始めるのかの」
「と言いますと?」
「どうせなら大内が惟宗に援軍を要請して惟宗がそれに応えた後にすればよかったのだ。伊東や肝付ももう少し考えてくれればよかったものを」
「しかし大内に大友の援軍が来ないと分かっただけよかったではないですか。必ずしも惟宗に援軍を要請するとは思えませんし、それを惟宗が受けるとも思えません」
「ん?あぁ、そういえば言ってなかったの」
「何がですか?」
「大友には毛利が大内を滅ぼすことを容認するよう話をつけている」
「えっ」
「大内を確実に滅ぼすには大友を無視することはできん。幸いにも大友は、というか義鎮は惟宗と敵対したいようだったから毛利が援軍を出すというとあっさりと認めよったわ。あれでは長続きせんだろうの」
「父上、そのような話があったとは聞いていませんぞ」
まさか、私にだけ話さず、元春や隆景にだけ話しているということなのか。
「ま、大友の嘘である可能性もあったからな。万が一に備えてこのことを知っているのは世鬼ぐらいにしておいた。だが大友が惟宗に戦を仕掛けた以上こちらに構っている暇はなくなる。もう隠す必要は無くなったわ」
「それを大内は知っているのですか」
「知らんだろうの。世鬼の報告では5日おきぐらいで援軍を促す使者を出しているらしい。無駄なことばかりして貴重な時間を無駄に使っているようなものだな。信用できない味方より無能な敵の方が役に立つわ。最近は杉親子が内通の話を少しずつだが聞き始めてきた。須々万沼城が落ちるころにはこちらに寝返るだろう。もともと豊前割譲の際に領地を変えられたせいで晴賢とそれを重用している義長にはあまりいい思いをしていなかったようだしの」
無能な敵が義長だとしたら信用できない味方というのは誰のことだろう。数年前に粛清した井上一族とかだろうか。
「惟宗には使者は行っていないので?」
「みたいだな。少し考えれば誰に頼るべきか分かるだろうに」
確かにその通りだ。惟宗は以前敵対していたとしても支配下に入ると実力に相応しい地位に付けている。尼子や大内に比べればかなり仕えやすかろうな。もし毛利が小さいときに今の惟宗の近くにいたら父上はどうしたのだろう。やはり惟宗の下で大きくなろうとしたのだろうか。それとも惟宗と大友の間を行ったり来たりしたのだろうか。
「しかし義長にとって惟宗は筑前を奪い取った仇敵ですからな。そう頭を下げようとは思わないでしょう。むしろ大友が惟宗と敵対したことで一番喜んでいるのは義長かもしれませんな」
「さすがにもう少し現実を見ることはできていると思うぞ。鑑連を謹慎処分にしたり南蛮の宗教にはまったりしているからな。弟として義鎮の頼りないところも嫌になるほど見てきているだろう。すぐにとは言わんがこのままでは惟宗に負けてしまうと思っているのではないかの」
「では大内が惟宗と大友の間を取り持ち和睦を成立させた後、どちらかに援軍を頼もうと考えているかもしれませんな」
「そうなると厄介だな」
父上が顔をしかめられる。父上としては今更大友や惟宗に邪魔されたくないのだろう。どうなさるつもりなのだろうか。
「仕方がないが大友を煽る方向で行くしかないな。惟宗と連絡を取り合えば大友が我らを危険視するやかもしれん以上、惟宗と交渉をすることはできん。その方からも手紙を出しておいてくれ」
「はい。適度に煽っておきますがもしかすると大友の滅亡を早めるだけかもしれませんよ」
「その前に大内を滅ぼすしかないな。ま、そこは我らの努力次第といったところか」
「左様ですな」




