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短筒

――――――――1556年5月20日 久留米城 神代勝良――――――――

「申し訳ございませぬ。御屋形様より多くの兵を任せていただいておきながらこのような無様な姿になり、盛長も失うことになってしまいました」

康正殿が頭を下げ続ける。話には聞いていたが酷い怪我だな。とてもではないが兵を率いる状態ではないということで二度目の援軍は康胤殿が率いた。もう槍働きはできないだろう。それに盛長殿は康正殿の傅役。心身ともに傷付いておられるだろう。

「面をあげよ。それでは話ができないだろう」

「しかし・・・」

「いいから面をあげよ」

「・・・はっ」

康正殿がゆっくりと顔を上げる。かなりやつれているな。それにクマがができている。あまり良く眠れていないのだろう。


「とりあえず山科卿には阿弥殿がこちらに嫁ぐのは来年以降にと伝えておいた。そのような姿では愛想をつかされるかもしれんからな」

「はっ」

「康正、なぜ自分が負けたのかわかるか」

「すべて私の不徳の致すところにございます。奇襲を仕掛けられた時に混乱を収めなければならないのに自分が最も混乱してしまいました。そのせいで敵に向かおうとするものは少なく、多くの者が逃げてしまいました」

そう言って再び康正殿が頭を下げた。だが御屋形様は今度は頭を上げるようには言わなかった。

「なんだ、分かっているではないか。大将たるもの常に落ち着いた行動が求められる。それができていなかったら勝てる戦も勝てんだろう。それは盛長から学んでいたはずだ」

「はい」

かなり気落ちしたような声で返事をされる。いつか私もあのように弟たちにきつく当たらねばならない時が来るのだろうか。


「あの・・・あの時、御屋形様でしたらどう対処なさったのでしょうか」

康正殿が不安そうな声で御屋形様に尋ねる。おそらく表情も不安でいっぱいだろう。

「俺か。そうだな、おれなら1万の兵で援軍に向かうところまでは一緒だな。それだけでなく残りの1万で豊前か豊後に攻め入ったはずだ。そうすれば大友も無理はできずすぐに兵を引いただろう。別に援軍だからと言って戦で何でも片付けようとしなくてよかったのだ。確かあの孫子も戦は下策だと言っていたな。ようは戦わずに勝つことを考えねばならん」

「戦わずに勝つですか」

「そうだ。そのためには少し俯瞰的な視点で物事を見ることだな。総大将であれば巨人や鳥の目線で物を見よ。そうすれば盛長を失うことも腕を怪我して槍働きができなくなることもなかった」

「はい」

康正殿が返事をすると御屋形様が頷かれて顔を上げるよう促し、顔を上げられる。


「今のお前では戦での働きは望めん。まずは怪我を治すことに専念せよ。それからもう少し視野を広げるためにも内政の方で力を貸せ」

「はいっ」

「まずは菱刈・串木野の鉱山を開発せよ。去年に見つけたのだがなかなか忙しくて開発はほぼ手付かずだ。それから薩摩・大隅で甘藷を広げよ。あれは使えるからな」

「はっ」

勢いよく頭を下げる康正殿を見て御屋形様は満足そうに頷かれる。

「勝良、頼んでいたものを持ってきてくれ」

「はっ」

一礼して評定の間を出ると近くの部屋に置いていた頼まれたものを持ってすぐに評定の間に戻り、御屋形様と康正殿の間に置く。


「御屋形様、これは?」

康正殿が目の前に置いてあるものを見て不思議そうに尋ねる。確かに康正殿の目の前においてあるものは不思議だろうな。火縄銃に見えるが通常のものより明らかに短い。

「これは新しい鉄砲の一つで短筒という。これなら片手でも扱うことができるから戦働きに復帰する時に使うといい。多少使い勝手は悪いかもしれんが何もないよりはましであろう」

「お気遣いありがとうございまする。必ずや菱刈・串木野を日の本一と言われるほどに開発させて見せまする」

「はははっ。そう背負い込むでない。金や銀がどれほど埋まっているのか分からんのだ。あまり気負わずにせよ」

「は、はい」



そのあと数刻ほど対大友の作戦を話し合った後、軍議は解散となった。御屋形様はすぐに自室に戻られて残った仕事をされるはずだ。もちろん近習である私もそこで御屋形様の仕事の手伝いをする。

「勝良」

「はっ」

珍しい。いつも仕事中は話すことはないというのに。いかがしたのだろうか。


「先程の康正への話はあれでよかっただろうか。少しきついことを言ってしまったのではないだろうか」

少し不安のそうな顔で御屋形様がお尋ねになる。やはり兄弟なのかその顔はどことなく康正殿に似ていた。

「これまでは傅役をなくしたことで自分を責めていたでしょう。それを御屋形様が厳しくいったので今までよりは気が楽になるではないかと。それに御屋形様が新たな仕事をお任せになられたのでまだ期待されていると思っているはずです」

「だといいのだがな。あいつは都都熊丸が当主になるころには親族衆として一番近くで働いてもらいたい。そのためにもいろいろと経験していてほしかったのだが少し焦ったかな。俺が当主になってから20年以上だ。普通ならそれだけ当主をすればあとは隠居して少しずつ跡目に実権を移していくだろう。だが都都熊丸はまだ7歳。俺が家督を継いだ時ほど幼くないがまだ早いだろう。そのためにも康正にはしっかりしてもらわねば」

「左様ですな。私も若様の為、御屋形様の為に身命を賭す覚悟にございます」

「はははっ。そうか、それは頼もしいな。よし、さっさと仕事を終わらせるか」

「はい」

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