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撤退

―――――――――1556年4月30日 高井岳 奈多鑑基―――――――――

「ええい、なぜあの程度の城を落とすことができん!?さっさと落とさぬかっ」

御屋形様がまた癇癪を起こしたようにわめいている。まったく、もう少し落ち着いていただけないものだろうか。皆が顔をしかめているではないか。

「御屋形様、そう急がなくとも敵の援軍は来ないのです。こうして城を囲っていればいずれ敵の兵糧が尽きるはずです」

「時間がかかりすぎる。せっかく惟宗の援軍を撃退し、筑後の奥に攻め入ろうとしたところだったというのに城の備えに置いていた隊が負けたせいで台無しだ。まったく、うまくいかんものだな」

御屋形様、そういう文句は誰もいないところで言ってくだされ。城の備えの隊を率いていた将が苦虫を噛み潰したような表情をしていますぞ。


ふと御屋形様が顔を上げると周りをきょろきょろし始めた。

「御屋形様、いかがなさいましたか」

「鑑信はどこに行った。見当たらないぞ」

「鑑信殿でしたら物見に出ました」

「そうか、さすが鑑信だ。よく働く」

そう言って満足そうに頷かれる。いかんな、意外と御屋形様の鑑信殿に対する評価が高い。これは出世するうえで障害になるやかもしれんな。

「失礼いたしまする」

噂をすればなんとやら。鑑信殿が物見から帰ってきた。

「おぉ、戻ったか。物見に出ていたのであろう。ちょうどよい、皆もそろっておるし軍議を行うか」

「はっ」

さて、ここでしっかり存在感を出して出世に繋げなければな。


「ではさっそく報告を頼む」

「はっ。まず城の様子ですが城の士気は高いようですがやはり怪我をしている者は多くいるようです。あと数回総攻撃をかければ落ちるでしょう」

「数回か。時間がかかるな」

御屋形様が不満そうにつぶやく。おそらくこの程度の城を落とすのにどれだけの時間と被害を出しているのだとほかの大名に蔑まれるのを恐れているのだろう。


「はい、それは某も考えました。ですので一つ策を」

「ほう、策か。どのようなものだ」

「明日、総攻撃を仕掛けます。それで落とせれば僥倖、落とせなければその日のうちに夜襲を仕掛けまする。おそらく総攻撃を仕掛けてきたその日のうちに夜襲を仕掛けられるとは城兵方も思わないでしょう。必ずや敵は混乱し、楽に落とすことができるでしょう」

その日のうちに奇襲か。確かにうまくいきそうだ。だがその分被害も大きくなるだろうな。

「うむ、ではその策で行くか。皆は明日の総攻撃に備えよ」

「「「はっ」」」

ま、一番被害を受けそうなところは適当な奴に押し付けるか。


「申し上げます」

皆が自分の持ち場に戻ろうとすると薄汚れた使者が二人慌てて駆け込んできた。何事だろうか。

「いかがした」

二人が顔を見合わせたがすぐに片方が報告をする。

「惟宗が豊後に攻め入ってきました。その数は約7000」

「なにっ!?惟宗は伊東攻めを終えたのか」

「いえ、惟宗本隊は佐土原城を囲んでいます。その城が落ちれば伊東攻めは終了です」

「ええい、厄介な。その方は何だ」

御屋形様がいらだちながらもう一人の方を見る。

「惟宗の援軍が再び来ました。その数は約15000です」

15000!この間、撃退したばかりだというのにまたそれほどの数の兵を連れてくるとは。それに豊後に攻め入ってきた7000も厄介そうだ。ここは撤退しかないな。

「御屋形様・・・」

「ええい、分かっておる。忌々しいが撤退だ」


――――――――1556年5月10日 鎧ヶ岳城 由布惟信ゆふこれのぶ―――――――――

「殿、失礼いたしますぞ」

そう言って殿の部屋に入る。

「おぉ、惟信に鎮幸ではないか。いかがした」

我らが入ると我が主、鑑連様は楽しそうに笑っている。よかった、あまり気落ちしていないようだな。蟄居を命じられたときは相当落ち込まれるのではないかと思っていたのだが。

「豊後に攻め込んできた惟宗勢は御屋形様が戻ってきて少しにらみ合いをしたあと撤退しました。どちらにも被害はございませぬ」

「やはりか。婿殿が伊東のついでのように大友を攻めるはずがないとは思っていたが御屋形様を筑後から撤退させるためのものであったか」

「はい。そのようです」

これは鎮幸殿も私も同じ意見だった。惟宗が本気で大友を攻略しようとするのであればもっと慎重に事を進めるはずだ。


「これから大友はどうなるのであろうなぁ。石宗殿も長増殿も鑑続殿も今回の戦には家臣を送っただけであった。もう、御屋形様の下で一つにまとまるというのは無理であろうな。大友も御屋形様の代で終わりであろうな。戸次家も」

「殿、何を言われますか。殿がいる限り大友家も戸次家も滅ぶようなことはございませぬ」

「いや、儂がいたとしても蟄居の身では何もできん」

鎮幸殿も私も何も言えない。なぜ我が殿はここまで大友家のために尽くしているのにこれほどの冷遇を受けねばならないのだ。


「儂が蟄居を命じられる前にな。政千代から手紙が参った」

「政千代様からですか」

「あぁ。生まれた子のことが書かれてあった。女子のようでな、名は鶴というらしい。随分とかわいがっているようだ」

「左様でしたか」

政千代様は病弱でどこかに嫁いでも子をなすことはできないだろうと思っていたが惟宗に嫁いでからは明や南蛮からの薬を飲んで随分と良くなったらしい。殿も初孫が生まれた時はとても喜んでおられたな。

「文末にまた顔を見に来てほしいと書かれてあった。以前は御屋形様の命のついでであったからよく顔を見ることはできなかったからまた見に行くのも悪くないな」

「殿、それは・・・」

「婿殿に連絡を取ってくれ。婿殿がどのような形であれ大友の名を続けてもらえるのであれば大友討伐を行う時、我ら戸次家は大友の味方をするつもりはないとな。本来であれば大友討伐に協力せねばならんのだろう。だがこれまで戸次家が大友家から受けた恩を忘れるわけにはいかない。それ故中立ということにしてほしいとな」

「はっ」

鎮幸殿と私が頭を下げる。ついに大友家から離れる時になったのか。殿も辛い決断をなされたな。

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