苦悩
―――――――――1556年4月5日 古処山城 秋月晴種――――――――――
「御屋形様が兵を率いて筑前に攻め入ろうとしているだと!?」
深江美濃守の報告を聞いて思わず叫んでしまった。ありえん。不仲であったとはいえ大友は惟宗と同盟を結んでいるのではなかったのか。
「間違いございません。先程、すぐに惟宗攻めの準備をせよとの手紙が来ました。また、黒法師様の下にいる家臣たちよりの知らせによると鑑連殿に蟄居を命じたと」
「理由は」
「御屋形様が匿っていた龍造寺鑑信が鑑連殿の内通の証拠を持って来たようです。それを御屋形様が信じられて蟄居を命じるに至ったと」
「龍造寺鑑信?先代に味方して御屋形様を苦しめたあの鑑信か?」
「はい、どうやらそのようにございます」
信じられんな。あの御屋形様が鑑信を匿っていたこともそうだが、まさか鑑連殿を幽閉するとは。あそこまで大友に尽くしていた方はそういないだろう。
「それよりいかがいたしますか」
「いかがとは大友に付くか惟宗に寝返るかということか」
「はい。幸いにも殿の元に最近になって惟宗の忍びが調略に来ています。寝返るのであれば今かと」
「しかし惟宗は伊東・肝付討伐に夢中になっているはずだぞ。我らを盾代わりに使うつもりかもしれん」
以前に比べて秋月はそこまで大きくないのだ。惟宗が伊東・肝付討伐よりこちらを優先する理由がない。
「しかし大友に付いたとしても似たようなことになるでしょう。ならば国人衆に優しいと評判の惟宗に付いた方がよろしいかと」
「だがなぁ」
「それにあれほど大友に尽くしていた鑑連殿に蟄居を命じたのです。これから重臣からも寝返ろうとする者が増えてくるはずです。幕府も国康様を九州探題に命じるなど大友より惟宗を重視しています。重臣にも幕府にも見捨てられて沈むのが目に見えている大友に忠義を尽くすより勢いのある惟宗に寝返った方がよほど御家のためかと」
美濃守の言うことは十分頷ける。だが・・・
「もしや大友館にいる黒法師様や妹君の事を気になさっているので」
美濃守が心配そうにこちらを見る。その通りだ。特に人質として大友館に向かう日の黒法師の様子がどうも忘れられん。とても怖いはずなのに皆に心配をかけないよう気丈な態度で秋月の名に恥じないようしっかりと務めを果たしてきます、と言っていた。俺が無力だったばかりに弟たちにいらぬ苦労を掛けてしまっている。それなのに見捨てるような真似をするというのは気が進まない。
「殿・・・」
「分かっておる。当主としてそのような躊躇いを抱くことは良くないことぐらいわかっているつもりだ」
「では」
「惟宗に付く。すぐに密書を届けてくれ。おそらく大友家には少なからず惟宗の手が伸びているはずだ。黒法師たちの事も惟宗に頼もうと思う」
「はっ。では大友を欺くべく戦の準備だけはしておきまする」
「頼むぞ」
惟宗が秋月の事を、大友の事を重視しているのであれば出来るだけ望みをかなえようとするはずだ。黒法師たちの命はそこにかかっているな。
――――――――1556年4月10日 久留米城 松浦康興―――――――――
「失礼いたします」
倉で本隊や別働隊の兵糧の確認をしていると留守役の小姓が入ってきた。珍しいな、ここには兵站衆ぐらいしか来ることはないというのに。安昌も怪訝そうな顔をしている。
「いかがした」
「康正様が皆様をお呼びです。できるだけ早く来るようにお願いいたします」
康正殿が?何か動きでもあったのだろうか。
「分かった。すぐに片付けて向かう」
「宜しくお願い致します」
そう言って小姓はさっさと何処かへ行った。
「安昌、何があったと思う」
「一番考えられるのは大友でしょうな。そのために我らと2万の兵が残ったのですから。それから本隊か別働隊のどれかが負けて戻らないといけなくなった、あるいは援軍を出さなければならなくなったという可能性は考えられます。しかし先程の小姓はそれほど慌てていなかったので可能性としては低いでしょうな。ま、行けば分かるでしょう」
「それもそうだな。では、兵糧の確認は任せたぞ」
「はっ」
評定の間に行くとすでに皆が揃っていた。いかん、ここでは康正殿を除いたら一番若いのに遅れてしまった。
「遅れてしまい申し訳ございません」
「いや、今揃ったところだ。気にする必要はない。それより早く座りなさい」
康正殿がニコニコとしながら促す。
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。ついに大友が我らとの同盟の破棄を家臣たちに伝えたとの知らせが多聞衆より参った」
康正殿の言葉に皆がざわめく。いよいよ大友との戦いか。
「それだけでなく、義鎮は鑑連殿に蟄居を命じたようだ」
「なんと愚かな」
盛長殿が思わず呟いた。たがその気持ちはわかる。鑑連殿は大友一と言っていいほどの忠臣。それを蟄居させるとは。
「幽閉後はすぐに出陣の用意をさせているようだ。おそらく今日か明日にでも出陣する可能性が高い。こちらに付くと言ってきた秋月の話では、筑後を先に落とすつもりらしい」
「そうなると初めに攻撃を受けるのは長岩城でしょう。敵の数は?」
「こちらに寝返る、または敵対しないと言ってきている国人・家臣たちは適当な理由をつけて出陣させる兵の数を減らすようだ。1万にも満たないだろう。念のため1万で救援に向かい、残りはここに残り別の場所から攻めてきた大友勢にあたる。すまんが康興殿に残ってもらう」
「はっ。お任せを」
兵糧の手配などでむしろ残りたいぐらいだったからそれは問題ない。
「では、明後日の明け方に出陣する。皆、準備を頼む」




