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大友挙兵

――――――――――1556年4月1日 大友館 奈多鑑基――――――――――

「そうか、伊東・肝付に3万の兵を連れて行ったか」

御屋形様が興奮したように立ち上がる。

「はっ。伊東・肝付はそれを見て領内に撤退、惟宗はこれを追撃するものと思われます」

「筑前・筑後にはどれほどの兵がおる?」

「2万ほどにございます。将は康正とその傅役たちです」

「問題ないな。すぐに軍議を開くぞ。それから秋月にも使者を送れ。我らが攻め込むのと同時に惟宗を攻めるべし。従わなければ人質は殺すとな」

「はっ」

「それと鑑連を捕らえる準備をしておけ。内通している証拠は見つからなかったが間違いなく内通しているはずだ」

「は、はっ」

はぁ、ついに惟宗と敵対することになったか。それも鑑連殿抜きで果たして勝つことができるのだろうか。もしかしたら親誠はこのわがままに耐えきれないで塩市丸様を擁立しようとしたのかもしれないな。


だが十分勝機はあるはずだ。筑前・筑後に2万の兵がいるとはいえ、同時に相手するわけでもないしそれを率いるのは若い康正だ。多くの重臣が反対して出陣しなかったとしても問題ないだろう。こちらには惟宗を深く恨んでいる戦上手がいる。将が足りないということはないはずだ。我らの兵の数は12000から14000といったところか。惟宗を相手するには少ないような気もするが毛利は4倍以上の大内に勝っていた。それに比べればなんてことでもないだろう。



数刻後、皆が集められ軍議が始まった。どの重臣たちも怪訝そうな表情をしている。もちろん鑑連殿もだ。そうだろうな。この間の評定で当面は内政に力を入れると言っていたのだ。それなのに急に呼び出された。不審に思わんほうが無理がある。


御屋形様が入って来られた。皆が頭を下げる。御屋形様はドタドタと音を立てて上座に向かい座る。

「面をあげよ」

「「「はっ」」」

皆が一斉に顔を上げる。いつ見ても壮観よな。

「皆も知っていると思うが伊東・肝付が惟宗領に攻め入った。そこで我ら大友も惟宗との同盟を破棄し、惟宗領に攻め入る」

「何を言われますか」

「惟宗と敵対するなどあり得ません」

皆がざわざわと騒ぐ。ま、妥当な考え方だろうな。出来ればそちらに同調したいが出世のために儂が言い始めたことだ。反対したら出世など夢のまた夢となってしまう。


「惟宗には今まで内乱などで肥後・筑前・筑後を切り取られた。このままでは多くの犠牲を払って手に入れた豊前や先祖伝来の地である豊後まで奪われるやかもしれん。そうなる前に惟宗領に攻め込み、失地を回復するのだ」

うーむ、もう少し説得力のあるようなことは言えないのだろうか。全て予測である上に、惟宗に仕掛けられたら豊前・豊後を守り切る自信がないといったようなもの。そのようなことを言ったらたとえ同紋衆とはいえ裏切る可能性が出てくるのではないだろうか。

「御屋形様、私は惟宗と敵対することには反対です」

皆を代表する形で鑑連殿が御屋形様に意見をする。


「今は伊東と肝付が敵対していますが既に惟宗領に攻め入った伊東・肝付勢は退けられ、逆に攻め込まれています。そのような者たちより惟宗と手を組んでいた方がよいに決まっています」

なんだ、もう伊東・肝付と惟宗の立場は逆転しているのか。

「それにこの場にはいない土持は長年伊東と敵対していました。それで伊東と組むなどといえばまた反乱ということになりかねませんぞ。土持の備えを置いて惟宗を攻めるとなれば圧倒的に不利です。それに惟宗は油断しておりませぬぞ。伊東・肝付に攻められていますが筑前・筑後には2万もの兵を置いています。大内・毛利の備えという名目でしたが我らを意識しているのは間違いございませぬ」

完璧な正論だな。それに御屋形様が言うのと鑑連殿が言うのとでは説得力が違う。皆もその言葉に頷いているな。さて、どうしたものか。


「鑑基」

「はっ」

なぜ儂に話を振ってくる。別に儂でなくてもほかに重臣は多くいるではないか。

「あの者を連れて参れ」

いまですか。いま連れてくるのですか。なんだか余計に場が混乱するだけのような気がするのだが。ま、命令ならば仕方がないな。

「その必要はございませぬ」

その場を立ち、呼びに行こうとすると襖が開いて人が入ってくる。

「龍造寺鑑信、ただいま参りましてにございます」

「うむ、よく来た」

鑑信殿が頭を下げるのを御屋形様は満足そうに頷く。皆は先程と同じくらいざわざわとしている。


「御屋形様、これはどう言うことですか。惟宗が鑑信を危険視して探していたのはご存知のはず。なぜ、ここにいるのですか」

「儂が匿っていた。ついこの間まで姫島にいたが惟宗との同盟を破棄すると決めてからすぐに戻ってきてもらった」

「今後、宜しく御引き回しのほどお願い申し上げまする」

そう言って鑑信殿が皆の方を向いて再び頭を下げる。他の重臣たちは微妙な顔をしている。仕方ないか、数年前までは敵味方に分かれて戦をしていたのだ。信用せよという方が無理だろう。

「それで、さっそく報告があると聞いているが」

「はっ。某の配下を村中龍造寺家に忍ばせておきました。その者の報告ではこの中に大友家に仕えながら惟宗のために働いている裏切者がおりまする」

「ほう、それは誰だ」

御屋形様が楽しそうに尋ねる。

「戸次鑑連殿にございます」

「何を言うかっ。御屋形様、このような者の讒言などに耳を貸しなさるな」

「鑑連殿の言う通りです。鑑信は以前の内乱の時に敵対していたのですぞ」

鑑連殿が声を荒げると鑑続殿もそれに続いた。おそらく声を上げていない者たちも同じようなことを考えているだろう。


「うるさいぞ。鑑信、証拠はあるのか」

「はっ。こちらにございまする」

そう言って懐から手紙を出す。もちろんその手紙は偽書だ。以前このような手を使われて惟宗に攻められたらしい。御屋形様が鑑連殿を捕らえる名目を作るにはどうすればよいかと聞いた時にすぐにその策を思いついていたな。

「うむ、間違いないな、長増、すぐに鑑連を取り押さえよ」

「いや、しかし・・・まだその手紙の内容が事実かどうかわかっていない以上捕らえるというのは」

「儂の命令に従えぬか。では鑑続、その方が捕らえよ」

「いや、某は・・・」

「では、石宗」

「お断りいたしまする」

長増殿・鑑続殿はやんわりと、石宗殿ははっきりと断った。ここではっきりと断れるのが石宗殿のすごいところというか、実直というか。

「ええい、どいつもこいつも。惟教・鎮実・治景、早く捕らえよ」

御屋形様が癇癪を起したように喚きながら捕らえよと命じる。まだ名前が出ていないから動かなくてよいよな。

「鎮基、早くせんか」

「は、ははっ」

貧乏くじを引いたのは倅だったようだ。倅もかなり困惑したような顔で鑑連殿の元に近づく。

「失礼いたします。おそらく少しの辛抱ですので・・・」

「ふん、さっさとせい」

鑑連殿は観念したように連れていかれる。おや?石宗殿が急に立ち上がったな。

「某はここで失礼させていただきまする」

そういうと石宗殿はさっさと立ち去ってしまう。これには御屋形様も鑑信殿も皆も唖然としている。一番早く立ち直ったのは御屋形様だった。

「これで奸臣はいなくなったな。では軍議に戻るとしよう。誰かほかに反対する者はいるか」

そう言って皆を見渡すが反対できる者はいなかった。

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